年末随想

今年の総括的な挨拶はまだ先としていよいよ終わりです。私のような自由人は年月や季節は大して気にもしませんが鑑定師でもありましたので五行の季節はやはり気にしなくてはならない立場でもあります。

それは案外と否定出来ない事もあるのです。無論信じ過ぎてはいけませんが・・・何事も勉強です。

ここ三年間は本当に良くありませんでしたので何とか来年はと期待はしています。といっても私の因縁以外は出ませんがね・・

私の仕事は儲けようとして儲けられる仕事ではありません。人々の為に尽くしてこその仕事です、人の御援助と助けがなくては成り立たない務めでもあります。

その意味から如何に真剣に如何に誠意と真実とでお応えしていくしか生きる道はないのです。綺麗事の話ではなく事実であり真実です。

日々の務めが真剣勝負なのです。特殊中の特殊な仕事です。しかし社会的には無職扱いではありますが、

しかしこれも年中仕事がある訳はありません、特に年末は厳しい事が再々です。よくここまでこれたと自身は感謝しています、いつ何時帰るか知れぬ命ではありますが何とか前向きで生きたいものです。

坂本龍馬のように死ぬ時も前を向いて死にたいというセリフで生きたいものですね。神の御加護と導きがなくてはとっくに死に絶えています。何度死んだか分からぬ命です。

是非とも来年は最後の年の覚悟で(年がら年中覚悟はしている)勉強したいですね。

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自殺者が三万人を越えた・・・

今年も何度か申し上げているが自殺者が三万人を越えた、これは飛んでもない数字である。大変深刻な事態と言わねばならない、

前から申し上げている如く物質万能の価値観が生んだ軋轢である。精神世界の無理解と心の貧しさがこのような悲惨な事に繋がっている。

自殺予備軍と言うべ人を入れるとそれこそ大変な数字になる。政府はいろいろ考えやろうとしているが所詮は無理と言わねばならない、

生きているのは本人であり又本人の因果でもある。生きるか死ぬかの選択も本人しか出来ぬ、当然いろんな原因があるがそれを考慮しても他人はどうにもならぬ

自殺の選択肢を選ぶ者は既に結果でありどうにもならぬ、都会の生活の疲れ、貧困や病気特に鬱病、死にたくなる動機は実に様々ではあるが私がいつも申し上げている如く

死ねば終わりではなく寧ろ始まりなのであると言うことである。霊魂は死ぬ事はない 苦しさと辛さは引き続きの生にて再現される、それをよくよく知らねばならぬ

自殺するという意味が本当はないのである、何の解決にもならないということである。家族を泣かせ苦しめて自分さえ良ければの自己中精神である。

お前に何が分かるのか!と言いたいであろうが死後世界を知っているからこそ声を大にして言うのである。死んでも何も解決はしないと苦しさと辛さを持続させるだけであると

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お金の苦労と精神の苦労

私は人生お金の因果が付きまとい自身でもどうにもならぬほどしんどい事が多い、それは未だにあって難儀な事の連続である。

私は幼い時よりいろんな苦労(自身はあまり苦労とは思ってはいない)をしているがお金の苦労が圧倒的に多い、因果は明かさぬが自身はよく悟れているとは思っている、

が悟れたからとて簡単に解決するほど人生は甘くはない、痛みと苦しみを藻掻きながら繰り返すのである、それが因縁消滅の真実である。

しかし近来簡単には言えぬが精神的に追いつめられた期間が長くあった、今まで体験した事のない大変な時期でそれは一口には説明は出来ぬほどの日々であった。

その時にはお金の苦労から少し解放されている時期でもあったがその代わり大変な精神の苦しみを味わい肉体にも困難をきたすほどであった。

現在は又元に戻ってお金の苦しみを受けているが私が感じるにお金よりも精神的苦しみの方がどれだけ辛く厳しいかと言うことを嫌と言うほど知った、

日々お金では苦しんでいるがその代わりあの大変な精神の苦労は全くない その楽さは言葉では言い表せぬ開放感である。

当然それは私の場合であって人により違うのは当然である。両方ないのが良いに決まっているが人生はそうはいかん、お金から精神を追いつめられている場合もあるが私の言う精神の苦しみはそれではない、

だから一概にお金の苦労より精神の苦労の方が何倍も辛いとは断言はしない あくまで私は精神の解放の方が楽であるというだけの話しである。

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日々想念 Ver74

このような御仕事をさせていただいていると精神世界(取り分けて霊とその世界)と現実世界との距離が非常に狭くは感じる。

それは当然とは思うが一般人はそうやない、霊とその話などは特殊な世界のように感じている人が我が国では特に多い、

その誤った狭い観念をまずは糾さないといけない、霊魂の人生は肉体ではない、それは人生の一部であり全部ではない、

肉体とそれを脱ぎ捨てている人生とが存在している、それを正しく理解しなくてはいけない、即ち私は霊であり今は肉体を持っているが霊としての人生もある、

その選択のプロセスは神に委ねているが大概は死後即転生の例が圧倒的に多いようだ、繰り返し繰り返して霊魂は成長し自分の在処を発見していく それが現在の人生である。

理屈ではなく真実であり現実である。貴方は私はこうしている間にも肉体は死滅するかも知れぬ、なら貴方はどうするか それを少しは考えなくてはいけない

そうした真実を少しだけ相談者各位に御説明申し上げて御理解を願っている、それは宗教ではない 物事の真実である。森羅万象の真実とも言えるものである。

肉体が死滅したところで現在の苦しみや悲しみ痛みが即解放されるのではない、個々の意識やそれぞれの霊の持つ念により大きく左右されていく それが一番の肝心所である。

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年の瀬やな

まだ今年の反省なり総括をするには少しだけ早いのだがいよいよ押し迫ってきた。

私が子供の頃とは正月の雰囲気も様変わりしていて何か普通の一日と関わらぬような感じだが正月には違いない。

私も今年もだがここ三年は厳しい年になりよく生きていられたと感じている、因果とは言いながら人間の運気には翻弄される。

それは如何なる聖人でも同じである。人間である以上はな 正月と言っても反省や悔い改めの心は日々あらねばならぬが特に一年のけじめなのでよくよく自己を見つめて問い直していかなくてはならん

来年は寅年だそうで良い年になりそうな予感がしている 無論私のことではなく世の中のことである。私などは生涯良くないので生きているだけで大吉なので贅沢は言えぬ

政治は混迷するが大衆には大して関わりがない、経済は持ち直してようやく明るくなる、しかし人の悩みや苦しみは個々の人生により大きく違うので何とか善を施して心を養っていきたいものである。

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