人生随想Ver 7
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昨今の人間は霊を興味本位や別の存在として見ていてる。今日も心霊スポットやら浮遊霊の番組をしていてキャーとか喚いている、馬鹿か! 間抜けか!
あんたらは霊やないんか 御先祖のお祀りをしっかりしないと救われず地上に留まる事になりあのような悲惨な事になるんや、
他人事やない あんたの近未来の姿や 無知にも程がある。馬鹿な番組を作るんやない、しまいに霊に憑かれるよ 気をつけや そんな話はゴロゴロある。
私も昔に実際にあった怖い話とかの雑誌の取材をうけた体験があったが取材陣を叱り飛ばした経験がある、こんな問題は興味や商業的に扱うんやない 命の尊厳に関わる重要な話や
霊にもそれぞれの家族があり愛する人があったやろ その御家族や霊自身の現在の苦しさを真剣に考えてあげなくてはいけない、
我が国は霊や霊世界の話はSFみたいな感覚を持っている、馬鹿か 少しは己を知れ!
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このような御仕事努めをしていると心霊や新興宗教の実体を知らなくてもいいのに知れてしまう、
同じような関係の仕事であるので知る機会も多くある、酷いものである。特に金銭に関してのトラブルは実に多くそれが心霊家や新興宗教の息の根を止めている因にもなっている。
それだけ法外な料金体系で大して効果もないのに人の弱みにつけ込むやり方はとても許せるものではない、
当然誠意のある方も居られるが非常に少ないのが現状である。そして信奉者はどのような方かは知らないが霊感や霊能力そのものはたとえ本物でも実際に苦しんでいる人や、痛みにのたうち回っている方の為にどれほどの効果があるのかそれは悲しいが殆どないのが現実である。
いいえ私は救われました、私もです と言うだろう があなた方は軽傷なのであり悩みは共通意識で癒えるものであるので別にそこでなくても治るのである。
一種の洗脳でありマインドコントロ-ルなのである。催眠商法というのが一時言われたがそれの類と同じである。
実際の霊の障りの激しい方を治してごらんなさい 無料で・・・どれだけの人が名乗りを上げるだろうか 身体が侵され何も出来ぬ状態で寝ているだけの人である。
誰に観て頂いても立派な霊障である。が大概の霊能者はお金だけふんだくって帰ったそうである。この事実をどう考えるか
身体まで侵されたら治らんよ と言うだろうか 逃げ道の多い仕事である。いくらでも理由をつけて逃げれる、しかし真に天から与えられた能力なれば人に尽くしなさい、施しさない、
それでこその能力である。いずれはこの心霊などの仕事も粛正されて形を変えてなくなるだろう
貴方は霊障と言われても徒に霊能者や新興宗教には絶対に走ってはならない、一度でも足を踏み入れるとそれこそ手遅れとなり抜け出せなくなる怖い世界である、気をつけなさい お金では決して解決はしないと覚えておきなさい、それは供養も同じである。
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私の拙いブログにやがて一万のカウントを数えるまでになり感謝をしています。
有り難い事です、が読んで頂くを目的にはしていませんがそれでも言いたい放題ではちゃめちゃな文面で申し訳なく思っています。
私のホームページ歴は結構古くて長い年月が経過している。ブログもこのサイトは昨年の九月だがその前を入れると何年にもなる。
内容そのものは幼稚な浅学な内容が多く、専門家向きではない、あくまで現実にない話はしない、事実を踏まえて書いている。
いろんな不思議な体験や人生双六で地獄参りも数々している私ではあるが未だに学ぶ事が多くて自らの浅さを感じる今日この頃である。
何事も初心を忘れず、自らの使命と目的を肝に銘じてこれからも努力をしたいと日々思っている。 これからもよろしくお願いします。 和 護(かず まもる)京都醍醐の事務所より
人間には差別はない、常に平等である、地位や名誉、財産などは関係ない、すべては神の光の一部である。
が現実社会はそうは行かないから厄介である、ましてや人間の質という点においてはこれはどうしょうもない部分がある。
別にランク付けをしている訳ではないがどうもそれが現世では大きく作用している。質即ちその人間の程度と言うことである。
これを正しく精査出来なくては私の努めは成り立たぬ、霊魂の程度は霊格であり人間の程度は人格となる。
これは比較的バランスが取れていて霊格の高い人は例え今が難儀でも必ず心は霊格に沿った心をしていられる場合が多い、
質が悪いと例え地位や名誉財産があろうが心の中身は貧しいと判断して間違いはない、
貴方自身の質はどうかな それを性質と呼ぶ、性格とは人格への道筋的呼び方であり性格が練られて崇高になると人格が上がるとなる。
霊魂の質は霊格と称して私はそれを重要視している、因縁の表れ方にもそれは大きく影響していて人生の行方を決めていると言っても過言ではない。
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いろんな因縁はすべて原因がある、貴方が今抱えている問題や困り事もすべてにおいて原因がある。
難しい話やなく簡単に言えばやな 貴方は正しく御先祖のお祀りをしてるかいな 亡くなられている方の追善供養をしているかいな
ということや 今の問題と何の関係がある と言っては余りに無知と言わねばならない、貴方の人生は過去からの継承であり、先祖からの受け継ぎなのである、
自分は自分や そんなん関係ないわ と言っても通らぬ、深く関わっているのである。
人生は幾通りにもわたって展開されている、それは個々の霊魂の在処と行方により決定されている、貴方はそれらの支配を受けて現在があるのである。
人と生まれし貴方なればせめて最低限の御先祖のお祀りを誠意を込めて愛情深く祀って差し上げなくてはならない、
お祀りある家に災難なし と言われるくらいである、宗教に因らない真実のお祀りをしなくてはならない、それはあくまで最低限のモラルである。
霊障も金銭問題も異性問題も仕事での困り事もすべては御先祖のお祀りの如何にかかっていると言って差し支えはない、
あんたはどうや しているか 親任せやないか そんな暇ない!てか 馬鹿かおまえは 誰のお陰で現在があるんやな 全く!
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私は霊能者ではないから霊を見たり聞いたりは出来ない、相談はいろんな体験から得た智慧と苦労から得た心を元に話を聞かせて頂く、
それはズバリ悩みの共有である、相談依頼者の話は身に詰まされて我が事のように感じ身内のように感じてくる。悩みや苦しみを何とかして上げたいと強く思う、
それが心理学的に言えば大きな解決の要素になるらしい、私は学問もなく学者でもないので詳細は分からないが、それを自然にこなしている事に最近気づいた。
このような努めは大所高所に立って鑑定してもやはり最終的には何とかして差し上げたいと言う心に帰結する。
人と人との繋がりは偶然の産物ではない、すべては約束事である。目の前の初めての相談者の悩みは即ち私の悩みでもある、
そう真剣に捉えて思考し共に悩みすれば必然と智慧を授かる、それを般若の智慧という、能力があるからとか学んだからとかで出きる仕事ではない、そこにはやはり同じ家族であるという共通意識がなくてはならない、
それが私の努めであり御仕事の基本である。
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ある体験談を一つ
霊障の程度にも実に様々あってこの実例は酷さは最悪ランクに属する方であった。
肉体が霊媒体質となっていて霊が肉体に出入り自由になっている。よって身体が動かず脱力症的疲労感で寝たままである。しかも親子でである。
私が知り合った時は既に時遅く末期的癌状態で如何ともし難かった、一度しか伺ってはいないが話を聞くとそれまでサイトで有名な霊能師やらに多く来て頂いたが何れも法外な料金だけ取って全く効果はなかったどころか却って酷くなっていたそうである。
これだから心霊家は信用がなくなるのである。これでは詐欺と言われても仕方ない、この方が奇跡で元気になられたら裁判は覚悟された方がよい、身に覚えのある霊能師は・・
私は奉仕のようなもので何も出来なかったが霊媒なればゆっくり霊を身体から救い出すしか方法はない、が如何せん遠くて経費もかさむしこの方もいろいろ騙し取られて文無しの状態で誠に気の毒と言わねばならない、
宗教や気功やら実に様々の先生方が来られたが何れも酷くなるばかりで身体は一向に良くなられていない、
当然である。これだけ霊に身体を取られてしまうと普通は精神が犯されて異常をきたすのであるがこの親子はそうはならず身体にもろにきている珍しい例なのである。
しかしここで言わなくてはならないのは憑かれる側に大きな問題がありそれなりの原因があるのである。霊の直接の話では恨みだそうだがこれは当てにはならぬ、憑く側にも言い分があり憑かれる側にも原因があるのである。
霊媒とは霊を集める磁石のようなものと考えると良い、霊が引き寄せられ集まってくる。これではいくら浄めても埒はあかぬ、内面からしか改善は出来ないのである。
誰しも霊感体質であるが霊媒となると厄介な事になる。そこで御先祖のお祀りや親の心や性格そのものが大きく影響してくる。
ローマの道は一日にして成らず である。それまで積み重ねたカルマが本人をしてそのような体質にさせている。心霊や宗教では解決はしない、
このような末期の憑かれた症状となると死を待つ以外にはなくなる。(厳密に言えば死は存在はしないのではあるが)私もゆっくり霊を取り除く機会を失ってしまったので残念としか言えぬ、
これまでにも霊障の激しい方は多く居られたが貴方にも襲うかもしれない、そうならない為にも真の信仰心を養っておくことが何よりの自己防衛となり進化の糧となる。この方がその後どうなったかは又知れば報告申し上げる。
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あんたな 顔色が悪いで 気をつけや と言われる事があるやろ。病気や体調不良、又は悩みの渦中の時などが顔色には出る。
私の観相は気を観るし全体の気色を観て霊感を得る、霊能者ではないから具体的にどうのこうのとは言われないがしかし実に正確に物事を示す、
当然やろ 人間は観相で心や霊、又は性格や体調、悩み運不運までしっかりと出ている、誤魔化しはきかん
特に大事の病気や不幸の前兆時には気色は出ているので注意をしなくてはいけない、が何でも無理矢理にそれに当てはめては観ない、これも全体の人間観察に因るのである。
あんたな肝臓がやられてるよ 貴方は癌に気をつけや 今の問題はすぐには解決はせん あんたの霊気が薄く弱いからな 長引くよ 霊に憑かれてるな 近く頭の病気になるよ
とかいろいろアドバイスをする。これも長年の経験と実績が成せる技というべきかな、私を長年支援してくださる方が居るがこの方は肝臓が良くない
それは顔色を見れば人目でわかる、時々伺い浄めて差し上げている。がこの人の娘がどうしたことか私をその辺の霊感商法の類とみてか知らぬが行くのを最近邪魔しとる。
何と親不孝な娘か・・大体が過去からそうやが親の顔色すらよう観ない人間がお金の為に(御礼はたいしていただいていない)邪魔をするとは親不孝の代名詞のような人間である、
親孝行は親の健康に留意することである。いつまでもあると思うな親と金である。
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私の御仕事努めは言わずと知れた人の為に神霊世界を通じて真理を示し導く手伝いをすることにある。
結果がすべての世界である。相談依頼に対して何らかの成果や望ましい結果がなくては話にならない、
相談者や私の自己満足ではいけない、人間は悩みは聞いてもらい吐き出すと殆どは悩みはなくなると言われている、それほど繊細な神経と感情を持っているのが人間である。
が複雑な問題や因縁絡みの話であるとか霊障とかの問題には解決がなくてはいけないしその道筋をつけなくてはいけない、話で納得しているだけの占術ではないのである。
しかしそれも相談依頼者の個々の心と対応に因る、特に心霊や宗教にすれている人は実に始末が悪い、中途半端に知識がある為に却って阻害していることが多々ある。
それと常識がない人も困る、無論常識論を徒に押しつける気はない、がある程度のモラルは必要である。
霊感や宗教に濱ってしまい結果として大きな損失を招く人は以外と多い、それは自己中心的と利己主義であるし誠意をはき違えている人が陥りやすい落とし穴でもある。
お金を出せば信用をしてしまうし良くなるという錯覚を持ってしまうという事もある。が結果も出ないのに何か解決したかのような錯覚を与える、これが催眠商法であり洗脳である。
私のような大した力はないが誠意と心でのみ動くような人間は非常に少なく信じられない人が多い、が事実である。がボランティアではないし奉仕ではない。
れっきとしたプロである。それだけに結果を与える使命が私にはある。
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人間にはいろんなタイプがある。性質も様々である。私もこんな努めをしているといろんな人と巡り会う、
考えられぬ性格の人や裏腹のありまくりの人もある。しかし大概は自己本位で考え利己主義の人が圧倒的に多い、
であるから悩み苦しむ原因を作ってはいるのだが・・・これが容易には直る事はない、だから人生の中で現実の障害と向き合いして修正していくのである。
これが一つの人生の有り様でもある。心は正直であらねばならない、すべては天はお見通しである。偽りの心や偽善からは不幸が生じるだけである。
心や性質を治すように心掛ければ当然ながら現実問題も解決していく すべての原因は心にあるのだから・・・
複雑な現代社会では正直者は通らないというかもしれない、しかし自分に正直に生きるということは一番大切であり肝心要である。その為の人生である。
東西南北の性質や性格は東を南にせよ と言うのではない、欠点を補う心を養うのである。その為には正直でなくては何も出来ぬ、自分に正直でないと人に対して正直に出来る訳がない、
鬱病や精神的ストレス、又は霊障もそうした心の間違いや偽善から生じている場合が多い、心すべきである。
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これは女性に対しての偏見でも悪口でもない、一般的な話である。誤解はしないように
女は昔から現代に至るまで尻はでかいが了見は小さい と言われている。確かにそのようである。子孫継続の重大責務を負っているのでかどうかは知らぬがあくまで現実的である。
目の前の事しか見えぬ生き物である。それと利害に聡く損得勘定は抜群である。常に自己本位であり自分中心でしか物事を見ないし考えぬ、
女性間で真の友情が成立しないのもそれを証明している。昔から聖地には女性禁制が多くあったがそれはかくの原因があり広く深く真理を持てない世俗的な性質だからである。
昨今は女性も社会進出が目覚ましくそうでない女性も出ているが現実はしかし変わってはいない、
複雑な繊細な身体を有して当然心や性質も自己防衛本能が強く男には理解出来ない面が多くある。それは必要であるのは理解出来るが私は言いたい
女は心から信用はするな! と言いたい 諸君、女性の内心を見よ 外見や言葉に惑わされるな と
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古今東西、正直者は損をすると言われている。又正直は美徳とも言われている。何を基準の正直さかが良く分からぬ、
自分に正直なのか 周りに正直なのか あるいは生活上の秘密を持たない正直さなのか 人間は誰しも秘密があり話したくない部分はある。
それは異性であったり金銭であったり人間関係や病気、個々の秘密は誰でも大概はある。
信仰心に照らして言えば一番の正直は裏腹のない二心のない心が正直と言うのである。それは対外的にも自分に対してもである。
言葉と心がまるで違うという人を昨今は多く見受ける、生きる為の方便とは言うだろうがそんなものは方便でも何でもない、要らぬ因縁をこしらえているだけである。
自らの心には正直であらねばならない、言動は誠意に満ちていなくてはならない、それが現実生活で損な立場に追い込まれてもである。
何の為に生きて生かされているかを考えた時にやはり人間は正直でなくては進化はしないし光には到達出来ない、
真の信仰心は二心ない心でなくては叶わない、正直者は馬鹿を見る! 結構である。馬鹿を堂々と見ればよい、しかしその馬鹿者が最後には人生の勝利者となるのである。
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結婚に関して少し考察をしたい、
誰と結婚しようが当人同士の自由だが私の見地から苦言を呈したい、
相手は慎重に選ばないとあかんよ と言うこと、相手次第では飛んでもない事態になる、家柄や一族関係も大切だがもっと大事な事は当人の人間性であり心である。
相手を失敗すると当然先には離婚があり又それは家族を巻き込み一騒動となる、当人だけでは済まなくなるのである。当然子供さんが居られる場合は更に複雑になる。
それらを考えると余程の慎重さと相手を観る正しい理性が必要となる、が所詮は因果の域は出ないのは言うまでもない、
愛し合うのは自由であり結婚も自由である。がそこには日々の現実生活があり夢や理想では片づけられぬ問題が生じるのである。
相手の人間性と心は幾ら慎重に観ても観すぎではない、又相手の家族の色もよーく観なくてはならぬ、育ちや環境が性格を形成しているのである。失敗例を多く見ているので敢えて言いたい
相手の人間性と心が貴方の幸せを決定する。
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世に霊障と言われる事は多いが本当の霊障は非常にすくない、私は簡単には霊の障りとは認めることはない、
貴方がたは本当の霊の障りを御存知か そんな甘ったるいものではない、殆どはストレスからくる精神の疲労である。
身体の異常にしても霊が関わっている例は少ない、何でも霊のせいにしては霊が迷惑千万である。
先天性継続性霊障と後天性突発霊障があり、精神に異常をきたすものは先天性霊障である。これは治療は難しい、
安易な解決法はかえって害となる。根本的な事から正さないと到底解決は出来ない、後天性霊障は部分や精神を狂わしていくが先天性と違い治療はし易い、
しかし霊に憑かれるという体質と霊格そのものに大きな問題があり家系の因果や因縁も考査しなくては真の原因はつかめるものではない、
それには一つの分野から観て真実は得られる事は殆どない、幅広く大所高所から真理を照らして鑑みなくては真実は掴めない。
霊障と言われてすぐさま浄霊に走るは愚かの極みである、気をつけたが良い、却って傷口を広げるだけとなる。
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人は望むと望まざるとに関わらず人生の中でいろんな出来事や悩みを抱えて生きている。私はこのような特殊な努めを果たす為かどうかは分からないが一冊の本にもなるような実に多種多様な裏道を歩いている。
それは他言は出来ないが実際に体験し苦しみ藻掻き周りに迷惑をかけどうしで今日がある。私に会って頂ければ何もないような明るい顔をしているし危ない線のような横皺は顔にはない、
相談者各位の多くの相談で自身のような体験を持つ人はまだお目にかかったことはない、何の自慢にもならぬがそういう意味からあらゆる問題の対処法は心得ていて実際に即した話はして差し上げれている。
どんな事? と聞かれてもあらゆる地獄道とお答えするしかない、裏街道ではない 裏道である。人生の裏道を知り尽くしているというのが真実である。これも何の自慢にもならんが
人間は追いつめられると平衡感覚をなくし常識を逸脱し考えられぬ行動に出る、道理もへったくれもない行動に出る場合がある、それはまだ良いほうで更に追いつめられると金縛りに遭ったようになり何も出来なくなり事実が起こるのを眺めるしかなくなる。
それが人間の隠れた弱さの部分であり誰しも体験はしたくない部分でもある。後から家族や周りの人は言うだろう 何でそこまでなるまで相談や話してくれなかったと しかしそれが出来れば苦労はないのである。
それが出来るような精神状態ではなくなる、雁字搦めになってしまう それが因縁の怖さである。だから三面記事となり自殺となりいろんな事件や事故となる。人間とはそのような生き物である。貴方はこの話を他人事と考えてはいけない、貴方は今日にもそれに遭遇する。
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昔から事を成すには天の時、人の和、地の利が揃わないと成就はしないと言われている。それは人間の生活についても全般的に言えることである。
何事もタイミングが大事であり あらゆる問題にもそれは当てはまる。運気の強い時に当たるとタイミング良く解決に向かうが運気が弱いと更にトラブルになる。
それは個々の因果にも因るがやはり普段の心と性格の有り様であり徳不徳ということになる。
その徳がないと人生は何かと問題化しスムーズに事は運ばない、因縁が縺れてしまう、
日々の心と性格、何よりも行いである。時期が悪いな 人間が良くないな こんな場所にな とかが大きく何事にも関わっている、
物事もタイミングを良くしようとするなら普段の真の信仰心を養っておく必要がある、それは自分さえ良ければではなく全体の為を考えた行為と心を持つことに他ならない、
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世間的によく使う言葉で業が深いと言う それは具体的にどういう意味があるのか 私見を具体例を持って話そう
当然、人生はいろいろなのでこれはこうや というものはない、ある中年の方で何年か前に旦那を突然の病気で亡くされた、そもそもその原因はこの人にあるのだが
本人は知らぬ顔をしていて全く偶然の不幸に見舞われたとしか思っていない、この人は徹底した吝嗇家で自分や子供以外の損得にならないお金は絶対に使わない人である。
こういう人の特徴として相手にしてあげたいとかこうすれば相手は喜ぶとかはなく常に自分にこうしてああして欲しいの心しかない、限りなく心が狭い、しかも自己猜疑心も強い
更に反省の心がまるでない、自分が如何に性格が頑迷で自己中心が激しいかこれも知らぬ顔をしている。普段は仕事も出来て良い人に一見見えるが中身はかくの如しである。
育ちをみればその原因が伺い知れるがこのような人を業が深いという こんな人間は末路が哀れである場合が多い、自分の物差しでしか考えず自分以外のお金は徹底して吝嗇し
他人がどうなろうが知らぬ顔をする。現代は大体こんな人間が多い、そんな人間が業が深いと言い 始末が悪く修正は不可能である。それは観相にもはっきり出ている。
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信仰心と言う言葉を多用する関係上補足的な説明をしておきたい。
私が言っている信仰心とは真の信仰心である、それはなんぞや
神は当然であり存在に疑う余地はない、
事実私達が存在している以上は神は歴然と居られる証明である。
現実の困難や不幸や不如意に関して何があろうが如何なる事実問題が貴方を襲おうが神の存在を疑う余地はない、
真の信仰心は現実の取引ではない、救われたいとかこうしてほしいとかは一切関係はない、不幸のどん底にあっても神は暖かく見守って下さっている。
現実の問題はあくまで自分の罪障でありカルマである。信仰したからとて良くなる訳ではない、
真の信仰心は現実に左右されず真実世界を知り神の存在を何ら疑わない心である。
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小生現在風邪ひきにて小休止している状態である。流行のインフルエンザではない。
このような御努めをしていると修行が至らない時は身体にもろに受けてしまう、それはいろんな症状になり表れる、一種の職業病のようなものである。
人の御役に立とうとすると特に精神世界に関しては非常なリスクが伴う、真剣に取り組めばとり組むほどそれは顕著である。
自身は別段気にもしていないが動けないのは非常に困る、動いてなんぼの人間なのでな
しかも肉体が少しでも病気になると精神まで疲労してくるので始末が悪い、そのような時には悟りをしなくてはいけない、感謝と喜びの心である。
理屈では割り切れない世界が現存しているのが今の世界である。心の作用と働きはまだまだ未知の世界である。
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私は相談依頼の努めをしてから既に何十年にかなる。現在は個人情報秘密保護法なるものがあるが私の世界ではそれは早くから当然の事である。
個々の悩みは家族ですら知らない場合がある。その相談を受けて一度ならともかく数度に渡って相談を受けている方は自然と覚えている。
顔である。特に良くない因果の人ほど覚えている。それは今でもそうだがそのような人は話に苦心惨憺するので余計に覚えている。
私は物忘れが激しく健忘症とも言われている。が事、努めとなると別である。又因果の悪い人は聞く耳を持たない人が多く、
気根そのものも高くないので流れてしまう事も多い、非常に残念の極みだがこれも依頼があればこその努めなので仕方はない。
人間は運勢が悪く因縁が出ている時は素直になりにくくアドバイスは受け入れにくい、それが余計に問題を複雑にしていく、徳がないなと感じる。
いずれも我が事と考えて話をするので覚えているし何とか幸せにと願っている為でもある。
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最近心霊に関して 又は浄霊に関しての実体を知る機会を度々得た、それは酷いものである。
人の弱みにつけ込むというほど悪質な大罪はない、相手の方は本当に苦しんでいる。これは霊障と判断して浄霊して差し上げるのは結構だが効果もなく全然改善がないのにも関わらず法外な料金だけを取って帰るという悪質な業者が横行している。
貴方も注意しなくてはいけない、興味を持つのも結構だが貴方の心や因縁でいつ霊に憑かれるか分かったものではない、悪質な強い念を持つ霊に魅入られると実に厄介な事になる。
真の信仰心のある者にはそのような霊は寄りつかないが残念ながらそんな人は居ない、
心霊や宗教そのものが浄霊をしたら御礼は後払いでしかも効果がない場合は無料でなくてはならぬ、
人を助けてなんぼの世界である。奉仕してこそなんぼの世界である。悪質な心霊や宗教には本当に注意しなくては却って霊障を酷くするだけで貴方は救われる事はないと断言しておく、
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私の相談は裁判所ではないので片方からの話しか聞けない、つまりは一方通行の状態で真実を見極める事を要求される。
それは非常に判断を間違いやすく誤る危険性がある。実は先生 こうなんですと事情だけ伺うと相手が悪くしか聞けない それ酷いな となる、
しかしや あんたな 自分の非はどうやな そうなる原因があんたにあるのと違うか と私は聞かねばならない でなければ真実は精査出来ぬ、
それを隠して相談される方も多くいる、言いたくないのは分かるがでは何の為の相談依頼やな 馬鹿にしてもらっては困る、
そのような話なら何処かの弁護士にでも頼めば事は済む、私は因縁を過去から鑑みて現在の因縁を観て話の根本を知りアドバイスするのが努めである。
何が原因でそうなったか 御先祖のお祀り不足か 家族の和か過去からの恨みや憎しみ自らのカルマか などを観るのが私の努めである。
自分に非があっても正直に話して頂かないと話にはならぬ そんな人は直ぐ分かるので適当にしてお帰り頂く、
私の御仕事は相手の心を選ぶ のである。
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この歳になると一年というのは実に早く感じる。もう六月で昨年来私的な事ではあるがいろいろあってからもう一年である。
その日暮らしというせいでもあるが実に早く年月は過ぎ去る、何事にしても不幸や苦しみ痛みの人生を送っている人間にとっては一日は長く先は不透明でその日がやっとである。
その延長が人生である、しかし心は常に希望と目標と信仰心を持っていなくてはいけない、何気ない平凡なる人生からは霊魂は成長する事はない、
試練に遭いたくはないが因縁で遭っている人は困難を悟りに変えて霊魂の成長に結びつけなくては折角の人生がワヤになる。
そのように努力していけば出口も早く見つかり個々の霊格向上にもなるのである。人生は理屈ではない、辛いものは辛い、苦しいものは苦しい、もがいてあえぎながら日々を過ごすのが人生である。
貴方だけ特別ではない、大凡はそのように生きている、が心掛けが違えば人生も大きく変わる、それが人生の妙である。
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先生はお金を取られないと聞きましたが本当ですか・・・
と質問があったので簡単に話します。
私はプロですが霊能者ではありませんし宗教家でもありません。又心霊と称する者でもありません、一種のカウンセリングであり浄めや因縁消滅を施すだけの神霊家です。
私の御仕事は形がなく目では見えない世界でありこれをすれば確実に良くなるという保証は何処にもありません。現に浄霊と称して何十万も平気で取られる方でも全然治っていない事が多々あるのです。
私の仕事努めは治ってなんぼ です。さしたる成果も保証出来ないのにどうして料金が頂けるでしょうか 物事は道理が大切です。
それでも経費は頂きますしそれでは気が済みませんとおっしゃる方もいられますので時間給程度は頂きますがそれも任意です。
成果があり信頼を頂ける事が何よりも大切です。人と人との繋がりは偶然ではありません。何事も因果律です。
霊障は解消するのは非常に難しくあくまでその人のケースバイケースによります。私と関わる方が少しでも現実問題が本当に解消出来るように心から念じて努めさせて頂いていおります。和 護
家庭は穏やかで明るく笑いが絶えない家庭にしなくてはいけない、過去からの多くの相談事例から話す、
家庭での育ちの環境や親の仲の良さ悪さ、又は家庭での状況そのものが子孫に重大な影響を及ぼしている。
カリカリしたりイライラしていたり怒ってばっかりのギスギスしたりの家庭の子供は大人になると精神的悩みや性格的悩みが多くなる、それが鬱病や人間関係でのトラブルや性格と心の欠陥に繋がっている。
貴方の家庭はどうやな 親はどうやな 育った環境はどうやな 明るく笑いの多い家であったかな それが貴方の人生に大きな影響を与えている。
現代は経済不況や生活の苦しさ共働きでの疲労などいろいろあるよ 人生はな しかし家庭では仲良く明るく笑える家庭が絶対的に必要や それがない家の子供が大人になると
先のように暗く悩みキレたり落ちたり、心が正しくなく性格が歪んだりするんや、家庭は貴方の人生の行方を決める ということやな
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世に霊能者や霊の関係する宗教は数々あるが何れも良い話は聞かんな 酷い話が多々ある、
霊感体質と自覚する人はよくよく気をつけないと却って酷くなる場合が多くある。そうなれば実に厄介で手の施しようがなくなる。
霊が集まると精神に影響が出る場合が多い、肉体にまで影響すると重症と言える、そうなると誰が来ても効果はない、
身体に穴があき霊が出入り自由となる、貴方も気をつけないといけない、何でも興味本位に霊能者に相談するととんでもない事になる。
そんな例は枚挙にいとまがない、ましてや金銭被害の多さは目を覆う 酷いものである。無償で施されている方も非常に少ないが事実居られるのでそのような人にお願いしなくてはいけない、
が後から請求される事もあるのでよくよく注意を要する。そして霊障解消されるかと言えばその確率はかなり低い、そんな簡単に解消はしない それが現実である、見えるからとか聞こえるからとかで霊を救えたら苦労はない、
霊感体質の人は基本的に霊能者は避けるべきである、ましてや霊媒体質の人はそのような場所に行けば行くほど霊を集めて帰ってくる、自分で処理出来ないので集まるだけ集めてギブアップとなる。
注意をせんとあかんよ 精神的な悩みのある人は非常に危険な行為で絶対にそのような場所には行ってはいけない、私は別に商売の邪魔をしている訳ではない、要らぬ不幸に遭わないように願っているだけである。
私の話は全部事実である。
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世に不幸と名が付く苦労は数々あるが出口のない苦労は実に重い、誰でもそうはなりたくはないがその溝に落ちている人は多い、
それは金銭か家族間の問題か身体の不調か 身内の身障者か精神障害の家族か介護の問題か幼児の問題か 実にいろいろある。
人の一生は重荷を背負って歩むが如し とはかの家康と格言と言われているが(実際は後世の作)本当にそれは因縁を表している。
毎日が苦痛に満ちている、辛さや苦しさに満ちている、明るくしようとするが出来ない、過去からの因果とは言いながら他の人の気楽さを眺めていると余計に我が境遇がいとましくなる。
しかし物事は相対性の原理の如くいつかは出口になり冬は春になるのである。希望を持ち元気を出さなくてはいけない、因縁消滅の機会を与えられているのである。悟らねばならぬ
悟れば展開も開けてくる、悟りは幸せの源泉と言われる、幸せの価値観は多種多様であるが真の幸せは命を喜べる心であると私は思う、不遇な時にこそ悟れる日々を持ちたいし持たなくては出口には出られない
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人生にとり何が一番大切か と言われればお金? 家庭、名誉いろいろあるだろうが私は思うにやはり基本的には健康がなくては何も出来ないので身体の元気が一番かなと
健康を害すると何も出来ない、人は肉体の生き物である。その肉体は実に壊れやすく生物である言っている、潰れやすいのである。
しかも肉体を鍛えても内臓は鍛えられぬ、ましてや心の健康が肉体に及ぼす影響は計り知れぬ、その証明度は現代では未開発であるが
私は心の状態より肉体の故障が予測出来る、又医学の進歩により遺伝子の研究も進んでいるので更に詳しく病気の解析も進むであろう、
私は神霊家なので心と霊が身体に及ぼす影響についていつも研究していて現実にとり組んでいる。
どちらにも偏らず正しく判断しなくてはいけない、性格や心の状態により病気や不幸事までも予測は出来る。過去からのカルマや因果律により健康も左右されるは当然である。
あらゆる要素が健康ということに関わっているのである。医学的過ぎてもいけない、心霊過ぎてもいけない 偏らず正しく判断しなくては病気や健康そのものを診る事は出来ない。
心の健康、霊の健康は身体の健康への一番大事な要素である。(霊の健康とは憑かれていない霊格の高い霊の事である。)
現在健康で居られるのはどうしてか 何が原因で健康なのかを考えなくてはいけない、そうすることにより害したときにそれが生きてくるのである。
健康は有り難い事である。御両親や御先祖に感謝し喜ばなくてはならない、昨今ずぼら者が多く横着な人間が多く居る、身体を使わず腐らせる人間が居る。全く何を考えているのかと言いたい
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世に宗教と名が付く団体は多くある、宗教法人としてはかなりの数になる、名前だけの団体や活動していない休止の団体など多種多様である。
昔から宗教は時の権力者と強く結びつき政教分離と言われるが現実には今もそれは生きている、保守党の中にその団体が居るのだから話にならぬ、
一体何の目的で信者を集めているのか 苦しみや悩みの解決ではなく団体としての一員として集めているに過ぎない、
人間は一度信じると盲目になり一番正しいと思いこむのでそれが何よりも危険である。それが原因の宗教戦争が未だに頻繁に起こっている、実に嘆かわしく野蛮で無知と言わねばならない、
宗教は哲学であり本来葬式や供養などは関係はない お経そのものは道を教えている、本末転倒しているとはこのことである。
私は相談依頼者の話に宗教があれば即お断りしている、真理は真ん中の理と書く 偏見や自分の一方的信じる事があれば私の必要性はない、
霊的な話に宗教は関係ない、ましてや因縁事にも現在の宗教は関係ない、無宗教こそ正しい信仰心を養える唯一の人である。
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今日のニュースで印鑑の霊感商法が摘発されたニュースが流れていた。未だにこのような商法に引っかかる人が後を絶たない、
実に嘆かわしい事である、人は弱い生き物で弱みがあると付け込まれ易くなりつい騙されるというケースが後を絶たぬ、
これを買わないと不幸になる 因縁を消滅したければこれを買いなさい 浄霊しなさいと言われて法外な料金を取られてしまう、
如何に心が幼稚で貧しいかを示している、それは双方に問題がある無論騙す側が悪質なのは言うまでもない、不幸は個々のカルマであり対外的には何も関係はない、因縁消滅は個々の人生の中で精算されている。
物品を買ったり浄霊したりして因縁が消滅する訳がない、しかも印鑑に至っては原価は安価の代物である。それを何十万も出して買う神経が普通ではない、
浄霊にしても何ら原価はかかっていない お金を頂く理由がない、敢えて言えば常識程度の時間給を支払えば良い、そう考えるのが常識である。
日々から心の勉強をしていない為に無知からくる被害である。貴方も弱みにつけ込まれぬように日頃から真理を学び真の信仰心を養わなくてはいけない。
馬鹿げた被害を出さない為に・・・
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私の御仕事には相互信頼というものが欠かせない、それを構築しなければ容易には解決はしない、
当初は信頼関係構築は当然難しいが私は一度会えばどのような方かが理解出来る。後は私が誠意を持って接するだけであるがしかし付き合うにつれ隠し事や話していない事が出てくる場合が多々ある。
それはやむを得ない場合もあるので大目には見ているがそうではない場合ははっきりとお断り申し上げる。
例えば今は宗教に在籍していませんと言いながら在籍していたりするとこれは告知違反となる。別に罪ではないが私の御仕事に取っては重要な事なので分かった時点でお断りする。
そのような相談者は以外と多い、又身体の何処そこが悪い痛いと言いながらそうでもなかったりするとこれも告知違反となりお断りする、そういうこともあるので当初は経費以外には御礼は頂かない主義である。
この努めはあくまでも相談依頼者の利益を考えてしているので何事も正直に話して頂かなくては努めは成就は絶対にしない。
ましてや裏腹な心となると論外である。相談する方はお客である、という観念は私にはない、家族であり仲間であるという意識である。
私がすべて治せる事では決してないが法外な料金を取られて治ってない例は幾らでもある。そのような被害に遭わない為に相談に際しては料金をしっかり聞いて相談されると良い。
相談依頼は信頼をする方にお願いしないといけない、その際にも何事も常識は心得て頂く必要がある。それは人間としての最低のモラルである。
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どの霊から聞いたか記憶はないが 人間は働く時間は五時間程度が一番適当なそうな それくらいなら病気もストレスも少なくなり健康を維持できると言っている。
しかしそれでは生活が出来ないし社会そのものに対応出来ない と言うだろうがしかしどうしてそんなに働くんかな 生活の維持か 会社に入っている以上は仕方ないか
よーく考えて見よう 働くのは何の為か、生活向上や豊かさの追求か 人生の目的を達する為か ローンや子供などの家庭を維持する為か
いろいろあるが人間は五時間が適当というのは私は正しいと思っている。生活などは別に大して豊かでなくても食べられればいいだろう
ずぼらになろうと言いたい 昔の自然と暮らす生活を考えよう 働き過ぎは自らを害するだけである。
で そんなんで生きてられるか! とお叱りだがいいや 人間は何の為に生きているかを考えれば理解出来るよ
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私の御仕事努めはビジネスではない、如何に相談者の利益を考えて全身全霊を傾けて話をお聞きし解決の糸口を探すのが努めである。
が残念ながら原因が分からず解決もしない例も現実にはある、力及ばず誠に無念残念ではあるが心から誠意を尽くし真心をもって礼拝し浄める事は決してその人の人生には無駄にはならないと思っている。
時間がかかる例も多くあり長くかかって作られた因果は一瞬で消えたりするものではない、しかし道筋を作り不幸の渦中にある方の少しの御役に立てればと私は思っている。
この努めは綺麗事では出来ない、又現実の生活重視の人には出来る事ではない、世捨て人、乞食である者でしか努められぬと私は思っている。
弱い立場の人はどのような事にでも縋りたいと思うのは当然である。しかしいつまでも苦しい状態は続く事はない、解決した暁に誠意無く弱みにつけ込んだ人間はしっぺ返しを食うだろう
いつの時代にも何事にも変化なく平常心で変わらぬ姿勢こそ大切である。状況によらない自身の信念を貫かないとこの努めは出来ない、
神は御覧になって居られる、そのような人を 神の加護はそのような人にこそある。かくありたいものである。
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朝から難しい話もなんだが 悟るという言葉を私はよく使用するので少しだけ説明をしておく、
悟るとは仏教用語ではあるが別に難しい事ではない、日々のいろんな出来事に大して又問題に対して正しい判断をすると言うことであり真実を知る努力ということである。
人間は自己中心な生き物であるので何でも自分の物差しで考えて判断する、それが正しい場合は良いがそうでない場合が多くある。
それを真実を考えて心することにより悟るのである、別名差を取るともいう 真実と自分とのギャップを埋めると言う意味にもなる。
簡単な事である。一つの面から物事を見て判断する事は真実ではない 多方面から大所高所から客観的に見つめて初めて正しい判断が出来る、
一時の感情や怒りや苦しさの余り真実を見失ってはいけない、特に病気の場合は悟りは重要である。過去の霊魂の記録を知ると言うことは困難であるがしかし病気という現実が貴方を襲ったということは何らかの原因が必ず貴方にはあるのである。
それを謙虚に謙り素直に見つめて悟るのである。真実に行き当たり心が正しければ病気は重症以外はすんなり治る場合も多々ある。それは証明済みである。
人間の身体は摩訶不思議なものでまだまだ知られていない精神的霊的作用があるのである。その摩訶不思議な作用を引き出すのが悟るということである。
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アメリカは裁判社会だそうで何でも裁判をするらしい、隣との言い争いから職場の事、家庭騒動まで何でもござれの裁判社会であるそうな
それはあかんな 実に駄目社会の見本である。キリスト教は裁判をしなさいと教えているかのような現象であるな、
我が国でもそんな風潮が蔓延している、そもそも人と争う事自体がいけない、喧嘩は無論怒りの心と憎しみの心からは不幸の種しか残す事はない、
何事も利害で考え自分中心に物事を捉えて判断するのでその意にそぐわない場合は争いになる。裁判など起こすのは私の世界から言えば最悪である。
馬鹿な真似をするな! 子孫の因縁を考えないか と言わねばならぬ、又過去に言い争いやそのような因果のある家は子孫は必ずそのような目に遭わねばならない それが因果である。
何でも損をしろと言うのではない 話し合いをし物事の真実を大所高所から見て悟りなさいということである。そうならざるを得ない原因がどちらにもある筈である。罪のなすりつけあいというべき愚かな行為である。
現代の何でも裁判風潮は人間が俺が俺がの世界であるのでそのような事になる、助け合い互助の精神が欠けている証拠であり信仰心のない為でもある。これからその風潮は益々それは酷くなるやろう 嘆かわしい事である。
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人間の身体の周りにはオーラという霊気がありそれの強弱により健康や心や運命までも左右されている。
その色分けというよりはその強弱が貴方の健康や運勢までも大きく左右する。地球も同じで温暖化などでオゾン層が破壊されると紫外線が入り地球内部に重大な影響を及ぼしていく、
それがやがて地球の破壊に繋がっていく、人間も同じでオーラ即ち霊気が弱ってくると身体は元気を失い覇気を失っていく、
それが病気や不幸の因縁を呼ぶ、その原因は心の有り様と日々の生活態度、何よりも信仰心の欠如である、
愚痴不足や怒りの心、憎しみや恨みなどはオーラを弱くし無くしていく、そしてその霊気が穴をあきそこから霊が出入り自由となる。それが霊障である。
地球も人間の身体も同じである。
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相談依頼の中には身障者や精神障害の御家族も居られます。どうしてこのような事になったのか 何で私達がこんな目に とかの相談が大半です。
それぞれの因縁には間違いがありませんが霊の障りそのものと決めつけてはいけません。原因はケースバイケースで実に多種多様な因があります。
それを多方面から鑑みて精査し原因を探り当てて何とか御役に立ちたいと念願しているのが私です。
単に霊能者のように霊が見えたり聞こえたりで解決すれば何も問題はないのです。物事は一方からでは真の原因は分からないものです。
費用だけかかって何も変わらないと言う事が実に多く、本当に相談者の利益の為に動いて差し上げているのかと疑問視せざるを得ない人も居ます。
簡単な問題でそのような人生を苦痛に見舞い難儀をさせる事実が起こる訳ではありません。それは宗教も同じです。お経を唱えたからとて霊が救われれば苦労はないのです。
現実はそんな甘いものではありません。同じ家族であり仲間なのです、誠意と愛情がなくては出来ません、そこにどうしてお金がかかりますか 考えられぬ事です。
この御仕事努めはビジネスではありません、同胞家族を助けるのが努めなのです。そんな綺麗事では生活すら出来ない と言う方も居られますがそうではないのです。
心の有り様が根本から違っているのです。能力を過信してはいけません。霊能力で人を驚嘆出来ても現実に解決していなければただの狂言師に過ぎません。何はなくとも愛情です、心です、
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戦国時代からつい最近まで人々は貧しくその日を暮らすのに必死な時代であった、しかも命の保証さえなく子供すら間引きされると言う悲惨凄惨な時代でもあった。
その救いにせめて唱名を唱え題目を唱えれば即成仏出来るという宗教はある程度は必要悪であった。
戦後に至っても食べることや生きることが必死な時代に新興宗教が蔓延り人々は救いを求めていた、それは人間としては致し方ないことでこれも必要悪であった。
しかし最近は時代も変化し食べる事も暮らす事も豊かとなり宗教そのものの存在価値は失われてきている。そもそも宗教は哲学であると申し上げているように本筋から逸脱して広まっているので相変わらず現世利益のみを追求しているに過ぎない存在である。
時代はこれから大きく変わってきている、もはや宗教は必要がない時代になっている。拝み唱えて救いを求めるのは人間としては仕方はないが昨今はようやくその事に気が付いてきている。
これからの時代は個人の心を学び修養していく個人信仰優先時代となっていくだろう、
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このブログを御覧頂いているとよく言われる 何か恐そうー と 確かにブログだけを見ているとそうなるかなと思うが誤解はしてはいけない、
このようなブログであるからこそ為口も利くし偉そうに言っているだけである。当然内容そのものは本音ではあるが普段は人の好い明るく親切なおっちゃんである。
そうでなくてはこのような努めは出来ない、相談依頼者に警戒心をもたれるようでは失格である。人生相談しているのに高飛車に出ては聞ける話しも聞く事は出来ない、
謙った心と誠意と熱意がなくては成り立たない努めである。
ブログを御覧頂く方にはこれが普段の私と誤解はしないようにお願いしたい、ネットで相談依頼をそもそも受けようとする気がないのでこうなっているだけである。
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人間の悩みや苦しみ痛み又は苦労にも多種多様に渡ってある。前に言ったが私の義理の弟は難病の筋ジストロフィーで20歳でこの世を去っている、その兄もしかりであった。
義理の母親のそれまでの苦労は言語に絶するものがありへたな同情さえ入る余地はない。
これも因果ではあるが簡単な因果ではない、しかし現実となった以上は因果を解き明かしても癒える保証はない、家族が一丸となって助けて行くしか方策はない、
それを私は出口のない苦労という、何れは当然出口には当たるがそれまでの辛酸は何とも言いようがない、そのような苦労をされている方は多く居られる。
人間の身体や精神は例えこの世でままならぬとも霊的には正常であり何ら問題はない、大きな因果の為の精算をこの世でしているだけである。
現代は医学も進歩しいずれは難病にも光が当たる事もあるかと思う、がこのような潜在的因果のある人は非常に多く何時なんどきそうなってもよいような人は家族は周りに幾らでも居る。
何気ない日々を感謝し喜びを持って正しく思念し正しき思考し正しく行為をしなくてはいけない、何もないからとて貴方に何時難儀が降りかかるか分からぬ、その為の人生であるのだから
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私は前にも話しているが若い時から仙人のような老人が常に私の側に一緒に居られている。
それは何方かと言われれば困るが私の本体であるのかも知れないが霊が見える人が二人とも同じ老人を観ているのでどうやら間違いはない、その内正体を明かして頂けるだろうと期待はしている。
いかにも仙人風で長い杖を持ち白髪のにこにこしている老人であるらしい、私の顔とダブルと言うから私なのかもな
肉体が亡くなれば分かるやろと考えている。それに龍神とも縁は深く瑞相を見せ て頂いている。かといって何もしてくれはしないが霊を浄める手助けをしていただいているのかも知れぬ
龍神は生で拝見しているので間違いはない、それに聖なる霊の導きも数々あって霊世界にも何度も連れて行って頂いている。亡き両親にも会っている。
そのような理屈で考えられぬ事が私の人生にはあって何らかの目的がありその為の今回の人生である事には違いはない、
人間的に私は未熟なので良く土壇場に追い込まれる危ない人生をしている。正に綱渡り人生と言えるが不思議に土壇場で首は刎ねられずにまだ生きている、
まだまだこれらの瑞相はあるがこれが一つの信念と信仰心を構成し私を支えているのは間違いはない、霊感は強くはないし霊能者でもないがあたかも霊能者であるかのような事柄が多い
何れは霊能者ではなく神通力を各種得たいとは思っているがそれもこれも人様の御役に立ちたいが一心である。
これからもまだまだ観せて頂けるだろうが信仰心をより強固にして闘いを続けたい
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このようなブログでこんな話をするのも何だが日記であると御理解頂くしかない、
私はこの御仕事には大袈裟ではなく人生を命を賭けているしそうしてきたつもりである。しかし人生は綺麗事ではない 生活というものがある、それにはお金と言う魔物が必要である。
私はこれが一番の苦手でお金を得る事が大の下手くそでそのくせ使うのは好きときている、つまり生活力がまるでない、いろんな犠牲を強いてここまで来ているが限界にきている、
ならバイトでもすれば簡単に解決するのでは と普通はおっしゃるがこの御努めはそんな二股をして出来る事ではない 他の人の人生を左右しかねない重大な御努めである。
このジレンマと矛盾が私の長年の悩みであり試練である。今までの所業が良くない為の結果に過ぎないがしかし信念は曲げた事はなく清貧とは言わないが心はいつも正しいと自認している、
このようなお努めをするにはやはりそれなりの普段の態度が大きくものを言う、支離滅裂な生活態度では話にならない 少なくともそれはない
がこのままではこの御努めは来世に持ち越しになる事になる、二股は出来る人間ではないしそんな軽い御仕事ではないので生活の為に辞める事になる かも だが最後まで現実と闘い倒れるまでやり抜くが・・
ブログやホームページが閉鎖していれば死んだか辞めたと御理解頂きたい と勝手な話をしているが
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人はややともすると自分の考えそのものから容易には抜け出せない生き物である。世の中の視野が狭い、そこに悩みや苦しみなどの因縁が出ている人はなお狭い了見に陥りやすい、
普段からして考えや心が画一的で幅が無く柔軟性がないのに問題に直面すると更に狭くなり了見は点でしか見れないようになる。
考えの幅を広げる事は話や言葉では理解出来ても自分の目の前の事実を如何に対処し考えれば良いか、悟れば良いかとかは判りにくいし分からないものなのである。
心を広く柔軟にするにはやはりいろんな経験と学びが必要である。それには痛みが伴う、しかしどうしてもそれは必要である。
私は相談を受ける立場にあるので依頼者には問題の本質や対処法が分かれば教えて差し上げる。が霊能者ではないし神でもないので奇跡は起こせない、真剣に真摯に聞いて差し上げるしか出来ない、
それに普段人は霊世界や霊そのものの関わりなどは考えもしないだろうが実際には大きく関わっている、家系や御先祖の因縁、その霊格などを考査して差し上げる。
その意味から私などが聞いて差し上げれば非常に幅が広く高く深い柔軟性の考えが持ち合わせているので話の筋道をお示し出来る、と言う事である。
これも当然依頼者の対応次第であるのは言うまでもない。
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昔からよく言うが人間は何はなくても健康が一番と 確かにそうやなと思う、私は幸いに大病の経験はないが細かい病気はしょっちゅうしている。
老いも若きも健康は大切である。霊が肉体を有している以上は身体そのものの健康は大切である、霊の進化にしてもカルマの消滅なども健康でなくては話にならん
しかも不健康やと精神まで不健康となるのでその障害は計り知れぬ、歳をとるとややともすると足腰が弱る、リュウマチなどで動けなくなる場合が多い、
これはいかんなと思う、家族に迷惑をかけることは言うまでもないが自身がストレスでせっかくの人生の終盤がワヤになる。
人間は立って歩けるから人間なのである。歩けないのは人間を失格ということになる、これは大きな因果である。
不健康はすべて心から生じていて心の間違いから病気を呼ぶと言われる、心の不健康は身体の不健康である。
日々の心の修養をしなくてはいけない、真の信仰心を養い物事の考え方や心掛けを学ばなくてはいけない、が基本的に簡単に言えば何事も難しく考えず楽天的に明るく穏やかに日々を過ごす事である。
仏教に曰く三毒は不健康の元である。愚痴不足、貪り、怒りが不健康の大敵となる。
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人間は万物の霊長である。
それは愛があるからである。心があり互いに助け合い労り合い愛し合う生物だからである。知恵もあり知識もある。それが人間である。
しかし昨今の人間はそれを忘れている。とても万物の霊長とは言えない事が多い、子育て放棄、人を意味なく殺す、大量殺人を犯す、野蛮で殺伐としている。
この大宇宙の知能ある生物の中では最下等の位置に属している。世紀を追って益々それは過激になっている、それがやがては人間の粛正となる。
原点に返って霊長として偉大な神の分身としての生き方を取り戻したいものである。自分の為に生きず 人々を助ける生き方を、愛があり理想があり優しさと思いやり、崇高な心がある霊長としての生き方を・・
私は幸せを祈るのが努めであり素直に祈る、祈りは宗教の専売ではない、周りや相手の為に祈って差し上げるのは人間としての自然の姿である。
祈りのパワーは素晴らしく私達は持っている、それを宇宙の大いなる意志は聞き届けて現実に導く 一人一人が意味ある人生をしている。相手があり自分がある。相手の悩みは自分の悩みでもある。
共に考え共に悩み共に祈らなくてはならない、それが人間である。
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再び観相について申し上げる。
人間の顔は生き様やその心により変わっていく、当然である。難しい事ばっかり考えていると難しい顔になる。いつも怒っている人は怒った顔をしている。
悲観的な心の人は悲観的なマスナス思考の顔になる。いつも笑顔を絶やさぬ人は笑顔良しと言われる、これも自然の道理である。
それは普段の考えや生き方、性格に大いに起因する。政治家は口先だけの人間が多いので口が歪んでいる人が多い、命を賭けるような生き方をしている人間は眉間に横皺が入り如何にもそんな顔になっている。
実に真実を表している。普段の貴方の顔を拝見すれば貴方の心や性格、又は生き方までも知れるのである。
言いたくはないが一国の代表が顔が口が歪んでいたのでは何とも恥ずかしい限りである。心と口とが違っているのでそのような相になるのである。それは現代の政治家全員に言える事である。
古今東西偉人と言われている人の相は確かにそれなりの相をしている。それは確かな事である。人との付き合いを始める際には顔を見慣れる前に注意して見なくてはならない、
それが相手を知る最前の方法である。詳しく言えば更に分析は出来るがここではこのくらいしておくが
普段の心の有り様と生き方で貴方の顔はそれに応じて変わっていく、それが人間である。
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現代は自己中心主義大氾濫時代である。よく言えば個性第一主義か 違うなそれは個性とはそんなものやない
はき違えてる、要は自分の事しか考えぬ自分であり損得でしか考えぬ人間である、料簡の狭さ、心の貧しさと愛のなさである。
こんな人間が蔓延している、今の我が国は・・・政治家や経済界ですらこんな人間しか居ない
中途半端の豊かさが原因している、何にでも自分の物差しで考えて動く、目先の利害で動く、考えが極端に狭く余裕がまるでない、
自分の世界に留まり小さく生きる人間が蔓延している、それがいろんな軋轢を生じさせている。事件しかり鬱しかりである、ストレスはとどのつまりは感謝と奉仕の心がなく優しさと思いやりに欠けているからそうなるのである。
真の信仰心は生き方を考えを教えてくれる、どう心して生きればを教えてくれる。心は如何に崇高な存在かを教えてくれる。
夢と理想を持たなくてはいけない、現代の人間は余りに夢がない理想がない
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前にも書いたが家族同居の問題について最近特に三面記事をにぎわす事が多くあるので改めて書くことにする。
同居は非常に難しい、実の親子でも上手くいかなくて結局離れて暮らすということになるのをよく見かける、
ましてや自宅購入ともなると共同出資と言うことになり益々難しい、これは避けたが懸命である。年寄りは何が心配かと言うと老後の面倒は誰が・・と言うことである。
相談の大半はこれである、それと寝たきりにならないかの心配である。お年寄りはわりとお金はある方が多いし生活そのものに困窮している人は比較的少ない、
それに若者は目をつけて同居しようと声をかけてくる、若い者からして言えば経済力がないので同居して面倒を見る代わりに頭金を一千万ほど出してローンは俺らが払うから
と言ってくる、これが一番危ない、これに乗せられてはいけない、いろんなケースがあるがおしなべて同居はしてはならない、お年寄りの立場で申し上げる。
家庭内別居になれば悲惨な事になる。結局身体が動かなくなり施設に入るのが関の山である。悲観的過ぎるのでは・・と言うかも知れないが現実はこうなのである。
若者と年寄りでは趣味も食べ物も時間的観念も違う、上手くいく訳がない、それをよくよく考えて死ぬ前に悲惨な目に遭わないようにしなくてはならぬ、
これも御先祖のお祀りを誠意をもって行っている家系ではそうならない例もある。がそんな家はごく少数である。
若者は若者 年寄りは年寄りと別れて暮らすが最善である。
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私は読書が好きで特に歴史物を好んで読んでいる。それも伝記物を多く読む、過去の話なので事実は当然違うと思うがそれでも面白い
同じ人の伝記小説が多いので子供達には同じやろ 何を読んでも! と言われてるが筆者により相当描き方に相違があるのでそれも面白い
戦国時代から江戸幕末などの話は興味があり良く読んでいる、大河ドラマの直江兼継は無論だが 保科正之という家光の異母弟の名君と言われた人の小説も良く読む、残念ながらこの方の伝記小説は少ないのでもっと書いてほしいとは思っている、
図書館で借りるのが殆どで古本で買うこともしばしばある。歴史は読んでいて勉強になることが多く生き方にも参考になる事も多くある。
だから歴史に関しては割と詳しい が事実は小説より奇なり とは言うので本と事実とは異なるがそれでも面白く読んでいる。
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信仰すれば罪障が消滅し因縁が消えて何事も起こらないか それはない 起こるべき因縁はそんな事は関係なく起こる。
その間違いを一般人はよくする。現に宗教に入信している者すらわかっていない、人生にボロい話はない、
事故や事件、病気や人事百般あらゆる因果は貴方の日々の心と性格と行為の縁で起こる。私が知る限り宗教で修養している方を多く知っているが人生の辛酸を舐めている人が多くいる。
それは僧籍になっても変わりはない、偉いと言われている上人が不測の事故で亡くなる、お寺の経営の学校で大きな事故があり多くの若者が死亡したりと幾らでも実例はある。
精神修養と因縁解消とは直接関係はない、私はいつも言っている 宗教は人生哲学であると 因果の消滅や起こる事を防いだりは出来ないしそんな力も何もない、本来の趣旨が違うのである。お経は万能薬ではない、貴方の人生を教えているだけである、内容を詳しく知ればそれが理解出来る。
因果の消化の為の人生なのであり約束事は起こって当然である。それを避けたいと思うのは人情ではあるが根本的な間違いをしている。多くの宗教に入信している人は所詮は現世利益信仰である。
自己中信仰とも言う、真の信仰心の意味を少しは理解頂くと私の話も理解出来る。
宗教をしているからとて起こる因縁は起こる、それを心に銘記しなくてはいけない なら何のために宗教してるかわからん と言うなら即 止めたが良い 信仰心はそんな浅はかなことではない。
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交通戦争と言われてから随分久しいがそれは未だに続いている、行政や警察の努力で何とか減りはしているが痛ましい事故は未だに起こり続けている。
今日も悲惨な事故が起こって一度に三名もの尊い命が犠牲となった、運転者は免許とりたての若者であるが亡くなられた方や御家族の悲しみはいかばかりかと推察される。
が この若者も人生を自らの不注意にて犠牲としたのである、加害者や被害者の立場は違えども大きな因果律の精算である。
だいたいにおいて事故のなくならない件に関しては私も長年運転はしているが多くの意見は持っていて憂いている一人である。現在は免許はお金を出せば適格不的確に関係なく免許は発行されている。
これを改善しなくては事故はなくならない、不的確の人間には免許は与えてはならない、
年輩の免許制限はしなくてはならない、能力あるなしに関係なく禁止にしなくてはならないなど幾らでもしなくてはならない事は山積している。
しかし私は神霊家なのでその立場から申せばこの因縁は非常に深く深刻である。過去からの約束事で起こっている。何事も必然である。
御先祖のお祀り不足であり真の信仰心の欠如である。事故に遭うべき因果が備わっている者は余程日頃から心を学び整えなくてはならない、
そのような因果のあるなしも観相すれば出ている。貴方の人生は顔に表れているのである。 事故で今日も明日も多くの命が失われている 迷わず転生の道に進んで欲しいと願うのみである。
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昔から現在に至るまで飲酒で大失敗している人は多く居る、昨日も飲酒で学生が事件を起こしたがお酒は飲み過ぎると常道を逸する魔物でもある。
私はお酒は飲まずたばこも吸わないが我が家の家系が下戸なもので私の子供も飲まない、であるので飲みたい人の心は理解は出来ない
しかし随分前に大酒を飲む近所の方が居られてそれは難儀をした記憶がある、酒に飲まれると言うがまさに人間が変わる、人格が変化する、怖いものである。
醒めてくると元の良い人になるので質が悪い、飲酒で失敗談は限りなくある、人間性まで変えてしまうお酒は飲んではいけない、これも因縁である。
お酒も博打も女遊びもそうだが因果の強い作用でそのようになる。これも御先祖のお祀り不足に因るものである。又個々の精神性の欠落、信仰心のなさが原因している。
何事も程々にしなくてはいけない、それが出来る出来ないは人生の行方を左右する、つまらぬ人生にならぬ為に飲酒は控えめにされるのが最善である。
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今、貴方の悩みは何でしょう
仕事上での問題、お金の問題、家族間の問題、夫婦間の問題、人間関係、病気や身体の悩み、老後の不安、自宅新築改築、移転の心配、
隣や近所との問題、嫁舅との問題、同居問題、異性とのトラブル、結婚離婚の問題、親戚付き合いでの問題、就職や進学問題、
その他人事に関してはいろんな悩みや困り事が人生にはある。御先祖の追善やお墓などの建立や仏壇神棚の設置など
貴方はこの悩みにどれかに当てはまっていますか、会社内での問題、倒産や契約解除、賃金の問題など実にいろいろあります。
親子間の問題もあり細かく分類すればまだまだあります。私は長年の御仕事からこのような問題はすべてに渡って経験があります、
人を観 因縁を観 霊を観る で貴方に適切なるアドバイスなり浄めて差し上げます。
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もっと分かり易く申し上げれば昔、僧侶がしていた役を今は私がしていると言うことです。
人生哲学であり、人様の悩みや話をしていたのが昔の僧侶です、
現代は葬式と観光のみのお寺が昨今は多いですが本来の僧侶の努めからは逸脱しています。
代わりに私がしていると言うことです、宗教ではなくフリーの専門家としてです。
現代は情報社会となり世界は縮まりました、電話でも携帯あり又メールありどのような形でも連絡は取れます。誠に有り難い世の中です。
悩みや難儀な問題は一人で抱えず私のような専門家にアドバイスを求めて頂ければ多いに結構かと思います。別にお金は要りません、何でも専門は専門です、伊達ではありませんよ
人類は一家であり身内です。他人は存在しません、貴方の問題を真理に照らして適切にお答えします。
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先生に相談などする場合は霊に関してだけですか・・・
と質問があったのでこの場で補足説明をさせていただく、
私は人事百般何でも結構といつも申し上げている通りです。神霊家とありますが本来は人生相談全般の悩みや因縁について相談依頼をしていただいています。
文字通り 人を観 因縁を観 霊を観る と言うことです。
占い鑑定から心の悩みや身体の悩み問題、霊的な相談とアドバイスなど正に多岐に渡ってお話を伺っています。
本来は神霊家と書いているのは適切ではないのですが余りに幅が広いものですから一応このような形にしてあります。
鑑定家であり浄霊師であり神霊家であり真理を話す人生相談家でもあります。どのようなお話でも専門的にお話申し上げますので気軽に声をかけてください。
宣伝のようになりましたが御理解頂きどのような事でも人様の御役に立ちたいと願っているだけですので裏腹はありません。誠意と熱意で頑張っています。
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最近観相の話をよくしているがしているついでにもう一つ、
実際に人間の顔は良く出来ていて正直であると言えるな 感心する。泣き顔あり怒り顔、イライラ顔あり顔はその人間の性質を実に良く表している。
バランスの整っている顔は非常に少なくめったにない、現在の運命の善し悪しから心や性格まで読みとれる。
病気は主に顔色に出ている、それが気色という じっくりと顔をいろいろ拝見させて頂くといろんな人生が見えてくるので人間は様々やなと日々感じる。
夫婦の相性も顔で正確に判断出来る。観相は現実より写真のほうが正確に出ている、
誤魔化しはきかんよ 人間はな 神経病みや 欲深い顔、疑い深い顔などいろいろあって観ていても勉強になることだらけである。更に勉強し御役に立ちたいと思っている。
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昔から地震雷火事親父と怖いものの相場は決まっている。現代は少し違うようだが地震の怖さは相変わらずで何時何処で発生するか予測がつかないのが現実である。
地震学者はいろんな説を唱えておいでだか未だに確かな学説は出ていない、少し前に雑誌にて拝見したが地震雲というのが発生すると地震が起こるという記事を見たことがある。
読んでいると割と精度が高くへたな学説より当たる、それは今に始まった事ではなく昔からの人間の智慧で会得しているものである。
そんな生きるが為の智慧は幾らでもある。現代は何でも科学というがあながち科学が万能な訳でもない、人間の歴史から来る智慧も捨てたものではない、
それを良く知るのがお年寄りであり年輩の方がそのような人間の智慧を受け継いでいる。お年寄りの智慧は本当に大切で宝である。国の宝は年寄りの智慧にあると言っても過言ではない、
もっとも政治家と宗教家の年寄りは欲惚けなのであてにはならん
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