お墓についての考察Ver2
盂蘭盆も近いのでここで少しお墓について話そう
盂蘭盆は当然御先祖の御霊を追善供養する為の期間である。家族が旅行する為にあるのではない、又この盂蘭盆のいわれは仏教のお経から出ている話で厳密に言えばさしたる重大な事ではない、
普段は忙しく御先祖の御霊を想いもせず無礼を働いているのでたまには追善でもしたらどうや という期間と考えると良い、そこで当然墓参をする人が多いので蘊蓄を話す、
一家繁栄の基礎はお墓にありと言われるほどお墓は大切である。私達が住むのを陽宅と言い御先祖の御霊を祀るのが陰宅と言う、陽陰揃って初めて正しい形となり繁栄の基礎は成ると言う
それほどお墓大切である。お墓は出来れば家の近くが良いが都会ではそれは難しいからある程度は仕方ない、田舎に行けば今でも自宅付近にお墓のある家は多い、それが理想である。
墓石は御先祖の身体とも言われているが昨今平気でそれを壊したり勝手に移動し供養もしない人間が多く居るようや 何を考えているんか知らないが馬鹿か と言いたい
お墓を建立することは人生の大事である。家の建てる費用の30パーセントはお墓に使えと言われるほどである。 形は宗教宗派により文字の彫り方や違う事がある、
お墓は無宗教墓が一番良い、子孫の事を考えるとそれでなくてはいけない、宗教宗派が御先祖を追善するのではない貴方達がするのである、それを忘れてはいかん
団地墓というのが昨今は多いが私も前に行かせて頂いたが感心せんな あれは あんなものならお墓はないほうがよい 費用を聞いたら結構高い、それなら郊外でも良いからちゃんと土地のある石で祀ってあげてもらいたい。
自分達の便利上で御先祖のお祀りを決めてはならん、墓参は毎月一回ないし何回でもよい 半年に一度とかは余りに心がなさ過ぎる、それならお墓など建立しないほうが余計な因縁を作らないからまだよい
御先祖のお祀りは心からの愛情と思いやりと誠意である、形や世間体などで建立するは言語道断である。
かの有名な占い師は嵯峨野で馬鹿広い土地にお墓を建てているが困ったものである、お墓は子孫の事を考えてやらねばならない、質素に慎ましやかに建立してあげなくては子孫が到底保つ事は出来ない、
そんな例を五万と見てきている、昔からある古い墓地の整理は余程考えて慎重にしなければ子孫断絶は避けがくなる。これも実例は多くある。
家には位牌があり外には墓地がある、これが当然の道理である、何事も分相応にしなくては家は繁栄しないと心得なくてはいけない、
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