心霊

神霊

霊能者の犯罪が又・・・

今日も嘆かわしい事件が発覚し逮捕劇がニュースで流れていた。霊能者の詐欺事件である。ましてや火付けとあるのでその犯罪は重大である。

そのような事件が後を絶たぬ、益々霊能者の信頼は失われていく 私が知る方も多くの霊能者にお願いし何れも効果もないのに料金だけは何十万何百万と取っていったそうであるから実に最低最悪の出来事である。

霊能者? 怪しいな と言われるのもその為である。私が霊能者にならなかったのはその為かと今は理解しているがそもそも天から与えられた能力をお金や名誉の自己欲に絶対に使ってはならない、

無償にて御奉仕してこその能力である。人より先を行く人生であるから先生なのである。人の弱みにつけ込むような悪魔の所業は許されない、

地上の霊は現実を的中させるがしかしその反面その身体を使い霊の欲を満たす事に使う、霊の能力を持つ者は余程の克己心と崇高な心を養わなくてはいけない、

同じ精神世界の人間として実に嘆かわしく哀れな者であると言わざるをえない

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霊と人間は一体であり別やない

神霊と言えば何か特殊な世界のように思っている人が多いな マスコミの影響が大きいし何か怖いとか不思議のように思われてるな

そうやない 神霊というものは心霊も含めて特殊でも何でもない、私達の普段の生活に密着しているもんや 

人間は身体がなくなると本体の霊だけになる、そのまま御先祖の元や霊世界の中に行けば何の問題もないがそうではない霊が非常に多い

それらの霊が私達と同じ世界で生活していると言うだけの話しやな 人間に憑き悪さをする訳ではない事の真相が理解出来ていないだけや

それを教えて差し上げれば良い と言うことになる、ただ一般人は霊と共に生活なんかしていないと思っているから難儀なだけや

昔に霊が非常に鮮明に見える人が言っていたが大阪の南の大手の百貨店では現世の客と霊の姿が交差していて混雑していると言う話や 戦時中のもんぺ姿の人や防空頭巾を被った人などが百貨店の中を屯ろしているそうや

ありそうな話で真実やろ 認識を新たにせんとあかんよ 霊は私達であり人間は霊そのものであると言うことをな

その霊の真実を伝えて過去からの偏見と間違いを正しているのが神霊家であるな いろんな様々な因縁などは霊の関わらぬ事は少ないと言っていいほどや

霊と人間は一体であり別やない

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精神世界随想Ver7

私は精神世界の専門家ではあるがビジネスにはしていない、第一これは仕事としては成り立たぬ、これを成り立つようにするとかなりの無理が生じる、それは各位の専門家がおわかりであろう、

昨日も裁判にて被告が被害者の占い師に向かい裁判中にも関わらず暴言を吐き罪を問われたという記事があった、又私のサイトに問い合わせた方は心霊師や霊能者の嘘を暴いてやる と

息巻いていた方もおられた、いずれも相当な被害観念を持たれていると推察されるが当然、観てさしあげる側にも言い分がありどちらが正しいかとかの問題ではなく

このような仕事はビジネスにしてはいけないし難しいと言うことの一つの警報である。料金そのものの意味は中身は何か 時間給的なものか はっきりとしないのが本当であろう、形のない仕事である。

特別な能力を持つ人はお金は頂いてはいけないとは言わぬが任意とすべきが一番正しいと私は信じている。第一この仕事はお金を頂いて有り難う で済む程簡単な仕事ではない、

合わないのである、使命感と自己犠牲の精神が絶対的になくてはしてはいけない、長生き出来る仕事ではない、と私は日頃から思っている。

徒に相手構わず観てはいけない、この人はどのような人間かを精査して位を確かめて観て差し上げなくては必ず後日に禍根を残す、問題を抱えている専門家も多い筈である。

がしかし誠意をもって頑張っておられる方も多く居るがこの世界の仕事は問題が発生しやすく難しい、よくよく注意をされたいということである、仕事の分類にもない無職の部類なのであるから

奉仕と愛と信仰心がなくてはならない仕事である。綺麗事の話ではなく本音である。

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霊との通信や交信は・・・

一昔前は電話と言えば貴重品で立派な動産やった、電話を架設するにも20万ほど債権を買って架設しなくてはならんかった。

ところが今や電話は携帯となり架設電話は衰退の一歩を辿っている。子供の頃の夢が現実となっている。

現代は通信と言えば携帯とパソコンであり昔の通信がいまではデジタル化している。時代というものは凄いなと感じる。

話は少し逸れるが私は霊との交信は数々体験し霊能者ではないので的確ではないがかなりの精度で昔は行った記憶がある。

しかしそれは所詮はこっくりさんの域を出ず、地上世界に屯ろする霊の悪戯に過ぎないということが理解出来たので今ではもっぱら瞑想で勉強をしている。

何世紀か先には死後世界と地上世界との境目がなくなり自由に交信出来るかもしれない、まだ3世紀も先ではあるがそうなれば人間の生き方も大きく変化し自殺などという悲劇はなくなるかも知れない、又戦争も絶えるかも知れない、

霊とか死後世界との通信もこれも立派な通信であり交信である。霊との通信は霊能者の専門ではない、ごく普通の一般人でも御先祖や友人、指導霊などからのメッセ-ジを受け取っていて知らずに心に反映して生かされているという事実もある。

何事も真実は容易には理解されないが個々の小さな枠では思いも因らないのかもしれんな、

通信の話が脱線したが私は幽体離脱を生で体験している経験が何度もあるので信じる信じないの域ではないが一般人も御先祖やその他の御霊の言葉や想いを素直に受け取って欲しいと念願している。

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霊の障害について

霊の障害について事例に基づき少し話そう

霊障と言ってもピンからキリまであって一概にこうなるというものではない、当然個々の霊体質により大きく変化する。又個々の霊格も大きな要素となる。

一般的には頭が痛く重くなる、肩が凝る、足腰が冷える、手が痛むなど肉体的障害、

イライラする、気分が悪い、寝付きが悪いし夢見がよくない、何か分からないが気持ちが滅入る、怒りやすくなる、など精神的な障害もある。

事故に遭う、病気になる、家中がもめて喧嘩が多くなる、何事も上手くいかないなど小さな事から大きな事まで直接霊が関わっている場合がある。

しかしそんな例は少なく余り神経質になる事はない、御先祖のお祀りをしっかりしていれば霊には憑かれる確率はかなり低い、

が例外的霊障もある。身体を乗っ取り支配する霊も居る、アメリカの有力な精神科医の調査で精神病の実に八割以上が霊障が関わっているという結果もある位である。

身体を支配するとは本人の意思とは別に勝手に身体が動き、ナイフや刃物で傷つけたりする例を私は浄めた経験がある。

それは霊媒体質の人で憑かれるだけではなく支配されるのである。自分の身体のオ-ラの背中部分に穴が空いていてそこから霊が自由に出入りするとの事であった。

そのような体質の方は本当に気を付けなければ身体事霊世界に持って行かれる、所謂自殺である。

幸いに私が関係した人は何回かに渡り浄めて解消はしたが本人の精神修養は不可欠な要素である。

個々の霊格の位置により憑かれる霊も変わっているのは当然である。如何に日々の心と行為そのものが大事かと言う事である。又おいおいと霊障については話そう

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龍神との縁ばなし

このような御仕事に縁のある人間は大なり小なりの不思議体験を持つ、私も例外ではない、それが真実か間違いかは別にして自分の記憶や心に大きく影響をしている。

龍神は水の神と言われている、随分と前になるが霊を観れる人から言われた事がある。貴方の頭の上に大きな龍が見えると 川があり三人の司祭のような偉い人が居ると

又貴方の側にはいつも仙人のような白髪の杖を持つ老人が笑って貴方を見つめていると そのような話はまだあるが私が特に最近強烈に印象深く記憶している事がある。

一昨年であったが頭にヘルペスを患いしかも五個も同時に出来たのでその痛みは尋常ではなく寝られぬ日が一週間も続いた(私は病院は余程でないといかぬ)幸いに大病の経験がない私もこれはあかんかなと覚悟をした。

そんな時京都の貴船神社の奥の宮に行く事になり挨拶がてらに行くことにした(定期的に挨拶と御礼には言っている、)この奥の宮は龍神を祀っていて縁があるのでいつものように出掛けた。

頭の痛みは想像を超える痛さでありじゅくじゅくしていて何とも不気味で思い出してもその辛さはぞっとする。

龍神に御挨拶を済ませて帰った翌日妙に頭が痛くなくて寝てしまっていたが気が付くと頭に出来ていたヘルペスがすっかり乾いていて痛みが殆ど消えていた。

私は地上の聖なる霊には当然敬い参拝はするが頼んだりする事はない、がその時には流石に龍神におかれても哀れに思われたのか不思議をお示しになられたようである。

私が出来が悪いので悟りが出来ず苦しんでいたのを霊験にて癒されたのであると私は思っている。

それから最近に近い話でそれは水に浮かぶ厳島神社によく似た神社の祭壇の中央に曼陀羅が置かれてある位置に生きた動かれている龍神を拝した事がある。未だに鮮明に覚えている。何とも説明はしにくいがそれは瞑想中の出来事であった。

かといって神にはお願いはしないし頼りもしない 生きているのは私なのであるから 但し相談者各位の為になれれば有り難いとは思っている。霊能者でないのが不思議な自分でもあるが狭い世界に閉じこめない為かなと明るく解釈はしている。

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日々想念Ver27

私は以前のブログで体験談をありのまま書いた所 専門家と言われるような人間から勉強してくださいね と言う皮肉とも未熟ともとられるコメントを頂きカチン!と来た経験がある。

この世界の人間は高慢で自惚れが強く自分の説や経験、知っていることが一番であると思っている人間が平均して多い、

了見の狭い世界なのである。そんなことはどうでも良いことで相談者各位が少しでも良くなり真理に目覚めて頂ければそれでいいのである。

だいたい金儲け主義が氾濫していてビジネス化しているので産業でもないのに偉そうに上から目線でものを言う立場に居る、その事自体に問題がある。

霊世界は限りなく広く想像を超えた世界である。誰もこれが真実だと答えれる人間はいないのである。それを踏まえて相談して来られる方には愛情深く誠意と謙虚さをもって奉仕しなくてはならぬ、

因縁が深い者がする仕事なのである。罪障消滅の為に霊の成長の為にさせて頂いているという素直な心がなくては絶対にしてはいけない仕事である。

私の話が正しいとか言うことを利かないと駄目ですよ とか何を根拠にそういうのか 己の立場が分かっていない。霊能力があるからとて気安くしてはならぬ仕事である。

ましてやお金を取るということはその相談に責任を取ると言うことになるのである、その覚悟がなくてはしてはいけない、

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私の霊との対話Ver 2

霊は言われる、私は貴方を守護し導く霊で何万と居る霊の長です。これからも霊を救う手助けをし強い力を授けます。

霊の交信記録の一つである。このような記録は残してはいない、自身が拘っていない為であるし霊そのものに対しての信頼度が当時は薄かったせいでもある。

しかしその後多くの霊と関わり導く手助けを行う内に信頼関係が構築されたと感じている。私が霊能者ではないので霊媒の方(現在は縁はない)を通じてのみの話になるが現実の証明は確かなものであった。

多くの霊を導く手助けを施したが比叡山の何百年前の霊とかが出てきて当時の言葉付きで話したのにはなるほどな と感じ入ったし時間と言うものは霊世界では無いとも正直感じた。

過去は現在であり未来は現在でもある と言うことかな 救われる霊の状態と言うか状況は霊により全部違うので一概にこれが救われる形というものは存在しない、

ケースバイケースというところか トンネルが見えたり、橋があったり 光があったりで様々な様相であった。

私の亡き母親も出てきてくれて私に対して話をしてくれた、確かに母親と感じたので間違いはない、

人間は霊であるという証明である。が決して人にそれを押しつけるつもりは毛頭ない、一つの話として捉えて頂ければ幸いである。

霊媒の方を通じての霊文とも言える礼拝文が私の手元にはいつもある。霊を浄めて救う度合いが多すぎると自身が身体に非常な負担を負うのでそういう時にはその礼拝文を読み浄める事にしている。

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私の霊との対話

私の霊との対話の体験を少し話そう・・・

霊媒との身体を通して生の霊の話を私は長年聞いている、それは地上世界に居る霊から私を指導していただいている霊まで幅広い、

動物霊も数多くあった、いろんな話があるが地上の霊は自らが死んでいるという自覚がない霊が非常に多いと言うことである。

霊媒に憑く事で霊世界に帰る作業を多くしていた、それこそ整理券を出さないといけない程の数であった。

突然死は間違いなく死の自覚はない、それは非常に難儀な事で容易には導けない、あるいは偉そうに言ってくる霊などいろんな霊と対話をした、

その体験から霊を救う手だてを学び多くの霊を地上世界から霊世界へ導いた。それが今日の霊を救い導く大きなパワ-となり比較的容易に救える元になっている。

霊の話を書けばそれこそ枚挙のいとまがないほどであるが又おいおいと紹介しよう

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心霊はビジネスか

心霊はビジネスか 他のサイトを見ると見事なサイトで新規の相談者は問い合わせをしたくなるなと感じる。

たいしたもんやと皮肉ではなくな、能力と誠意は知らぬのでいい加減な事は言えないが私の過去の相談者も霊能者に走って去った人も居る、

それはそれで別に良いのだが個人が納得すれば良い問題や 私は幅広く深いと自認しているが何せ商売とは思ってないし自分の努めやと自覚しているだけなのでからっきしお金は入らない、

が好きな仕事なので頑固に迷惑をかけながらも続けているという状態や この業界は中傷や邪魔が多く入るので人気サイトはさぞかし大変であろうと推察する。

だいたいが料金を頂く基準がはっきりせん 形がないし心の問題が多いのでそうなる、占いは一件幾らと決めているのでまだ分かり易いが心霊や新興宗教はどのようにお金を集めているかまるで霧の中や

せやから心霊詐欺が横行する。所謂霊感商法やな そんなボロい話は世の中には何処にもない、

安易に答えを他に求めてはいかんよ 自分の決断で何事もせんとな それが人生や 又説教口調になりつつあるのでここらでやめとく。

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霊と霊世界に関して・・・

霊と霊世界の話には人は興味をそそられるらしく更に詳しくと言う人は多い、が現実の霊世界と霊に関しての正しい教科書はない、

当然やろ 帰還した人はないからな が霊と霊世界に縁の深い因縁のある人間は少なからず体験し自分なりの世界を持っている。

それはそれで尊いとは思うが残念ながらそれが正解ではない、一種の自己満足に過ぎない面もある。

それほど霊に関しての知識とその世界に関しては正しい知識が乏しいのが現実や 

未だに地獄極楽や西方浄土思想が生きている時代でもあるのでな びっくりする私もなそれには

当然、面白く興味深く書こうとすればそれは間違っていると指摘することは出来ないしこれが正しいと言える答えはないので当然の事やし書いても良いことにもなる。

が私の知る限りでは面白い事は何もない 非常な現実だけが待っている、霊や霊世界を信じない人間が我が国では圧倒的に多い 

そんな人間が正しく霊の世界にすんなり馴染めるとは正直思われん、であるので肉体のある間に自分が死んだらそれからはどうなるかくらいは学ぶ必要がある。

しかし徒にサイトを巡ってはいけない 却って真実から遠ざかるやろ 何せこの世界の業者はすべて自分が正しいと思っているからな 私を含めてな 

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先生! 浄めると身体はすっきりしますか・・・ 

先生! 浄めると身体はすっきりしますか テレビのような暴れたり泣いたり怒ったりのあのような図にはなりませんか? ・・・

と聞かれる事が多々ある、結構このブログでも投稿しているように憑く霊に因るし憑かれる人にも因る、しかし大概は質の悪い霊以外はそんな症状にはならない、

大体そのような質の良くない霊に憑かれている場合は私に巡り会うまでに結構症状は出ているから分かる、

頭が痛いとか肩こりがするとかの身体の変調、寝てからの夢見が良くない 何か居る感じがする とかの現象程度では大した心配はない、

質の良くない霊の現象や症状はそんなものではない、その場合は相当な根本からの治療が必要となる。がそんな例は非常に少ないので案ずることはない、

浄めの具体的な手法に関しては大した事はしないし怪しくもない ただ祈って差し上げるだけで済む、 普通はである、

が質の良くない霊に支配されている場合は祈って差し上げるだけでは容易には解消しない、肉体にへばりついている事が多いので簡単ではない がそうないので気にしなくていい、

私の身体と霊を使い勝手に私の身体が動いて浄める、霊による浄めである、私は霊能者ではない 浄霊師であり神霊家である。

浄めを受けたからとて大した症状改善にはならない事も多いので(それが真実)料金は頂くことはない、但し貴方の悩みの根元に霊が干渉している場合があるので浄めを施すだけである。

相談鑑定について任意にて寸志を頂くだけである。それに嘘はないので安心してほしい、

霊能者が霊を救うのではない 浄霊師が又は救う手だてを知る者のみ救えるのである。方々誤解と間違った解釈はしないように・・・

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引導を渡すという真実

突然強烈な話をするが別に何てことはない 普段の日常の一コマである。

病院の検査結果が自分ではなく家族が呼ばれて 言いにくい事ですが患者さんの命は今年一杯でしょう と貴方が言われたら貴方はどうするか・・・

そんな話は日常ゴロゴロしている、それが現実である、 私も経験があるのでよく分かるが言葉が出ないし思いようがない 空白の時間が過ぎ去る 

又手術されて途中でご家族が呼ばれて手術室に入るのはどういうことか 貴方はお分かりか これも経験しているのでよく分かる

人間の身体は生身であるのでいつ何時貴方やご家族がそうなるか全く予測がつかないのが命である。

天災は忘れた頃にやってくるは別に天災だけの話やない 命もそうである。朝元気良く出掛けた家族が夕方にはこの世に居ないと言う例も幾らでもある。

それが現実であり真実である。生がある以上死もある それがこの世界の摂理である。

私は常に話す いつ亡くなっても悔いのないように生きるようにな と 現実は何があるか起こるか知れたものではない それがこの地上世界である。

亡くなってから僧侶が引導を渡すが本来は生前に元気な時に人は全て引導を渡されるべきである。

肉体は死んでも貴方は死なない 意識は生き心は生きている、それが霊であると その霊が貴方の本来の姿であると 死は存在しない変化のみ存在するのであると だから

悲観するのではない 悲しむのではない 全ては永遠なのであると 但しそれを知らないと飛んでもない世界が貴方を待っている、

それを正しく認識し迷わずに自分に帰るように予め悟らせるのが引導を渡すということである。

それを常に心に留めて日々を過ごして頂ければ悔いのない人生がきっと開けるに違いない、これは私の勝手で申し上げているのではない、すべて真実なのである。

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貴方も霊 私も霊や何の不思議があるんや

霊の話やその世界の話は何か特殊な興味本位のように捉えている人が日本では多く見受ける、

実際マスコミなどの影響は大きく怖いとか面白いとかの材料にされている感がある。

冗談やない! 貴方も私も霊でありこの地上世界では霊と肉体がある霊とが共存している世界である。

特別な面白い怖い世界やない 私達の世界である。それを信じるとか信じないとかの判断で面白おかしく取り上げては絶対にならない、

大変な大きな罪障となる。認識を正しくしないと駄目や 霊と私達は同じ生命で何ら変わりはない、又面白い怖いなどは自分を認識していない無知な証拠でもある。

又霊の世界は商売や仕事になどなるような世界ではない本来はな しかし信じる信じないや興味本位や怖いなどの関心が集まる為に現在のような情けない状態になっている。

霊の姿が見えるとか聞こえるとかで法外な料金を請求し取る事自体が異常と言わねばならん、

そんなことは当たり前やろ 何を言うてんや と言うのが本来の姿である。近視眼的私見と証拠絶対主義からくる軋轢であろう

霊の話などは面白くも何ともないし当然の話や それを現在のようなビジネスのようにしているのは取りも直さず一般人の責任である。

もう少し真実という問いに耳を傾けたらどうやな お金ばっかり計算してんとな 貴方も霊 私も霊や何の不思議があるんや

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精神的霊的関係を神霊世界と呼ぶのである。

いつも難しい感じの話をしているが内容は初歩的な話しばっかりで分かり易いと思っているが何せ神霊世界には違和感があるらしいから 難儀かな

神霊世界と言っても読んで字の如く神と霊の話に過ぎないので難しくはない、但し普段から心にない者には縁遠く感じるやろ

私たちは所謂霊である、信じる信じないは一切関係はなく霊が本体である、長い航海の途中に現在はある。

光の一部を目的として自己発見の航海である、命は一つと仰せになっておられる通り私たちの命は一つに繋がっている、

他の人の事を考え悩み思念するのは取りも直さず自身の命を考えているに過ぎぬ、繋がりある命であるので何事も一つと考えねばならん、

大宇宙の中の地球もその中の人間や森羅万象の生命は一つで繋がっている、大層に聞こえるが真実であるし簡単な理屈でもある、

他人の事なんか知るかいな ではなく自身の問題と捉えて考えなくてはならぬ、それが自身の悩みの答えにもなっていくからである、

その精神的霊的関係を神霊世界と呼ぶのである。

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自殺しても何も解決せん延々と悩みは続く・・・

昨今はネットやら見ていても自殺者が実に多いな 過去から自殺者は多くはあるが現代ほどではない

精神貧困時代の象徴やな 自殺してどうなると考えた事はないか どうなるて?そのままや 自殺するからにはそれなりの理由はあるやろ がやそんなもん解決するかいなそのままや

あわよくば転生出来ても同じ人生を延々と繰り返している 今がそうや 前かて自殺してんや

 今世で又やるか 懲りんな 仏教では自殺者は地獄に彷徨うと言われキリスト教でも同様なそうな 

しかし真実は違うが(又いずれ説明する)原因が解決していないから同じ繰り返しをしている訳や 肉体が死んでるだけで本体の霊は常に生きているからな 何も解決せん 肉体を死滅させても何もならんわ

分かるかな 話が 自殺者の悩みは過去から現在未来へと続く永遠のテーマなんや 心を悟らないと苦しみは痛みは悲しみは止むことはない

問題の先送りなだけやがな 折角の人生やから今原因と取り組み解決しいや なら来世は自殺因縁のない家系に生まれられるよ

 そうせんと真実世界でも来世でも続くよいつまでもな・・・しんどいなそれは これはほんまの話や 

 

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霊の障りの実体は・・・

霊の障りはテレビなどで時々やっているような質の悪い霊が憑くようなことはさほどはないのが現実や

しかし質の悪い霊に憑かれるとえらいことにはなる。それは体験済みだがしかし一般的には知らない間に憑かれている場合が多い

霊が憑くと身体の部分に憑くと霊自身は言うが要は肉体そのものに憑くということだろう

気分が悪くなったりイライラしたり何か不安が生じたり頭の痛みや肩や首の凝り、胃腸などの変調など影響が出やすい

質の悪い霊が憑くとそんな生やさしい事ではすまない、自分で自分をナイフで刺すような事も過去にはあった、心を支配するので簡単には取り除くことは難しい

時間を要するなそんな場合はそのような人は自覚症状があるので本人が分かっている筈や

普通は何気ない間に憑かれている場合が殆どやろ 御先祖の霊格の高い家系にはこうした事例は少ない

ここでも信仰心がいかに大切かを知る事が出来る。霊の救いにはいろんな方法があり人により大分違うようや

私のは実に簡単に行うので何か拍子抜けするかも知れないが確実に霊は救われている。

大体は一体や二体ではないので相当な数の霊が憑いている場合が多い 貴方もひょっとするとそうかもな

霊感体質の人は憑かれたな と分かる筈や 遠隔でも出来るから言うといでや 金儲けではないんやから

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私が出来る自信のある事は浄めでしかない・・ 

私が出来る自信のある事は浄めでしかない 

それで浄霊師と名付けているが霊能者ではない、が身体で感じ霊の動向は確実に分かるので浄められているのは自信があるが私はそれしか出来ないようや

どうも相談事は向いていないようやな 別に悲観している訳ではない 浄める能力は自身で言うのも何だが並はずれている、

私の力ではないが・・・崇高な心と目的に感応してくださる霊が導いてくださっている。

浄めるとは霊は無論、身体に憑いている霊であり 土地や家などでもそうだが霊の為に働かして頂いている。

それが浄霊師と言うことである。

浄めたからとて病気が治ったり物事がスムースにいったりとかの現実的効果は期待してはならない

気分は良くなるかも知れないし頭の痛みやストレスは解消されるかも知れぬ が所詮はその程度である。あくまで霊の救いが目的である。間違わないように・・

私達は霊であり肉体は服のようなものである、脱ぎ捨てれば霊となり元の世界に帰る、がそれが出来ない霊が多く居る それが浮遊霊であり地縛霊である。

霊は誰にでも遠慮なく憑いている が世間で言うような何でも霊のせいにしては間違いである。

憑かれるだけの原因が貴方にあるから憑くのであることを忘れないように、

当然側には御先祖の御霊や守護してくださる霊も居られる、霊との信頼関係が何よりも大切であることを心に明記しておくように

私を呼んで浄めを受ければ価値はあるし御先祖の御霊も貴方の本体もさぞかし喜んでくださるでしょう 宣伝のようで気が引けるが事実であるので付け加えておく 特別お金は要らない寸志を任意で戴ければよい

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私は霊や霊世界を信じません・・・アホかいな

時々な変な質問をしてきよる人も居るしそうした考えを持ってる人も多いやろうから一つ簡素に話す、

私は霊は信じませんし死後世界などは信じません、心霊現象や不思議はあれは嘘が大半です・・・

と言う人間が居る 私はこういうしかないわな そら何を信じようと個人の勝手やし自由やがそれをあえて私に質問するならやこう答えるしかないな

死んだら分かるよ!

これしかないわ 言いようがないがな なら何で仏壇があり墓があるんやな あんたちはないんかいな それは亡くなった家族の御霊を供養追善する為やろが

私などは霊と接して又霊世界を見ているから自信があるがしかし説明はしようがないわな

言い換えれば信じないと損をするぞ と言うことや損得の問題やないがせっかくの人生を無駄にするぞ と言うことになるな

しかしな昔から宗教戦争で戦って死ねば西方浄土に行けるなどと言う思想は馬鹿げていて話にもならんわ

霊の世界は非常に秩序正しく整備されていて個々の魂の軽重で行き先が決まるし精算も決まる それは又いずれ話すがな そういうことや

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ゴーストという番組は・・・

テレビの番組宣伝ではないが近頃スカパーでアメリカの番組でゴーストというテレビがあり放送してる、

私もそれを興味深く見ているがこれはアメリカの有名な前に書いた事のある[もう一度あえたら] という著者の霊媒師の実話を元に制作しているらしいが

内容は脚色してあるので事実よりも当然誇張してあるのでストーリーそのものは参考にはならないが

霊の知識や現実の霊の姿そのものには事実と符合する面が多い、私も霊媒の方を通しての知識と経験があるのでそれはよくわかる、

確かに霊の有様はこのようではあるな と感じる、日本では霊の話は興味が先行しがちだが西洋では古くから霊に関して正しい知識がある、

地上で彷徨う霊の姿をよく表していて霊の実体はこのようではあると納得させられる、

霊が天国に導かれるシーンは実際は光だけではなくその人なりのシーンが存在して橋であったり川であったりトンネルであったりする、

それは当然個々の霊のカルマに因るものだが全てが光の世界に導かれる訳ではない、そうしてしまうと番組にならない為に一律に天国の光に・・・とあるのだろうが

救われる事には変わりはない 一度参考に見られるとよい

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霊の話は夢幻の如くなり・・・ 

霊の話は夢幻の如くなり と言う言葉がある。何か実体がない為に架空の事のように感じるからやろ

しかしこれは現実や 今は身体が主体やから霊の実感はないやろうが、ほんまは霊体が本体なんや

霊世界がほんまの世界やと肉体が死滅したら理解できるようになる、今は別の異次元世界と思ってるやろがそうやないよ

私は霊と話をしてるしその実体を知っているしその真実を少し囓ってる、がやなその私ですら

霊の話は架空のように思えるから一般の人間はいかばかりかと思う、

浄めが終わっても今のは幻かと思うしテレビで放送していても実感が沸いてこないな

何でかなといつも思うがやはり次元の違う世界である為か いいや次元は同じやが生活上の実感が感じんのや と思う

しかし私達は霊であり肉体は仮の姿であることは疑いない、その真実を理解し悟るのは結構難しいな 話としては興味があるやろうが自身に当てはめて実感を感じんやろ

それが霊の話や しかし貴方もすぐに霊になるし私も霊になる、霊になれば肉体の世界が実感がなくなるやろうな

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簡単な霊の話をしよか・・

貴方は心で何を考えようと自由やな 当たり前や 口で言ってる話と心がまるで正反対でも人は知る由もない

がや 霊には丸見えやと言うことや 分かるかいな意味が

心と裏腹の人間は当然心の中は良くないやろ それが本音やからな 地上に居てる霊はその本音の貴方に憑くんや 

いくら表面を良くしても心と性格を治すようにせんとや霊に憑かれる事はやまらんな

浄めしても意味ない 何で憑かれているか分かってないからな 憑かれると連れてくるとはだいぶ違う

連れてくるのは病院勤務や人の出入りの多い仕事の人やらは連れてくる場合が多いな

しかし人に憑く場合は気をつけんと簡単には浄められん 分かるかな 簡単な話やが

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先天的霊媒の方を探してる・・・

話は違うが 霊の声を聞いたり感じたり 憑かれているような気がする 身体が霊に反応するような人は是非一度相談してきいや 

無料で診てあげるし 治る治らないは保証出来ないが少なくとも浄めるから今は楽にはなる

先天的霊媒は使命があるから分かる筈なんやが・・・

そんな人を捜してるし手助けしたいと思ってる。、

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神霊家とは霊能者でもないし・・・

以前の相談者で困った方が居られた その方の間違い誤解はこれからもあるかも知れないので少し書いておきたい、

サイトを見れば神霊家イコール霊能者という意味の事を書いているサイトもあるし霊能者であるのに違う呼び方をしているサイトもあって実に紛らわしい

私は霊感は当然あるが霊能者のようにそれで仕事が成り立つような能力はない といつも申し上げているが未だに誤解される方が多い

精神世界と言っても厳密に言えば霊とは関わりない世界と言う意味でもある。霊感イコール霊能者ではない

振り分けが難しく宗教家の仕事が大半なので宗教家と言えばいいのでは とおっしゃる方も居られるが当の本人はそんなのはどうでもいいと言うのが本音であって要は御役に立ちさえすれば満足であると言うこと

しかし一般の方から言えば理解しにくい人は何か胡散臭い怪しい又霊感商法の類では とすぐにそうなる。であるので申し上げている、

私は人の悩みをお聞きしその解決を図りその為にあらゆる神霊技術を駆使する人間であると言うことである。

霊感はあるが霊能力はない 宗教排除論者である私が宗教家と名乗る訳がない、又占いでは因縁は解決しない 

貴方の因縁に沿った解決をするのが私の言うところの神霊家である。更にややこしくなった? 申し訳ない(* ̄ー ̄*)

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因縁解消をして悩みの解決を図る・・・

因縁解消をして悩みの解決を図る、その為に霊の救いや御先祖のお祀り、個々の心と性格改善などあらゆる施しをする、

ローマへの道は一日して成らずと言います、霊能者のように驚くような話は出来ません、宗教家のように奇跡も起こせません、

何事も日々の積み重ねです。問題も悩みも不幸な出来事もゆっくり進行し現在に至っている。

それを簡単に癒せたり治せたりは神しか出来ません、神霊家の私は浄霊家でもあります。霊の浄めは今も毎日施している。

霊の苦しみは家族や子孫の苦しみ不幸である。しかしその因果関係は複雑で霊を救えば今の問題が解決するとは限らぬ、

それを複合的に鑑定判断し因縁解消するのが私の努めである。それは直ぐ解決するかも知れぬが五年十年かかるかも知れない が子孫にとりその月日は微々たる時間である。

目先の治療より長期的基礎工事を根本から施行するのが我が努めである。

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霊魂の記録帳

人間の魂は過去から延々と続く長い航海のようであるとは前に言ったが事実その通りである。

物事は必然から成り立ち偶然の産物はない、霊魂には過去からの記録帳がある。

それは間違いなくある。過去からの自分が行ってきた数々の事実であり因果である。

その記録帳に様々な過去の出来事や現在の記録を書き記してある。

その記録に載ってある事実を現世でいろんな形で精算していくのである。

精算が出来ると帳面に書かれてある太いマジックのような文字が消しペンのようなもので消されていくのである。

それが現在生きている一つの理由でもある。その帳面の厚さは当然一人一人違うが大凡は百科事典程度の厚さで出来ている。

書いてあるのは簡単に書かれてあり私がチラッと見たのは実に簡単に書かれてありそれを消しペンで消すさまが見えた、

誰しもせめて大学ノート程度にはしたいものである。少し変わった話をしたが作り話ではない。

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精神に問題がある人は霊に操られやすい・・

私は自らの因果かも知れぬが相談者や知り合いの中で精神が少し変な人が多い、病気と呼べる人も居るが大概はその一歩手前と言うところである。

無論、精神に異常をきたしている相談者も多く居たがこれらの人にはある共通点がある。

それは霊に憑かれやすく操られやすいということである。それは当然かも知れないが相談される側の私にはこのような人はたとえ霊を取り除くにしても余りに深く入り込んでいて

精神と肉体を同体化すらしているのである。こうなれば遺憾ともし難い、何とか誠意を尽くして話をしたり浄めたりはするが効果は一時しのぎにすぎない、

肝心の心さえ支配されているのでどうにもならぬ、このような霊障は少ない例ではあるがこうなる以前にキチッと御先祖のお祀りをしていればこのような事にはならずに済んだと思うと残念である。

御両親に会うなり話を聞くなりすると大抵はご両親とりわけ父親が変人か癇癪持ちか非常に気短の方の場合が多い

それも代々の因縁ではあろうが現実の心と性格がこのような不幸を子孫に及ぼしていくのである。

人間は自分一人で生きてはいない、多くの繋がりで生きている。これを理解出来れば自己中心的な生き方にはならないと思うのだが・・・

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相談はなるべく事前相談をお願いしたい

相談はなるべく事前相談をお願いしたい、偉そうに注文をつける訳ではないが・・・

事後相談には既に答えが出ていて同調し確認と安心を得たいだけの場合が多々ある。

突然の事故事件病気や諸々の事前に相談出来ない場合はべつであるが、引っ越し縁談、就職等事前に決める前に相談出来る場合はである。

事後相談は私も今更間違いとは言いにくく憚る場合があるので非常に困るし間違いを犯していても言わない言われない場合もある。

私は相談来られた方の態度、話、表情を拝見すればだいたいは何を考えていられるか、又相談内容はどうすればいいかの道筋や因縁などは大凡把握出来る。

が 相談者の心が余りに私を信頼せず表面上のみの相談では本当の答えは出せない

当たり前の話である。互いの信頼関係があって初めて真実が得られるのである。

しかし初めから信頼も信用も出来ないは当然であるが相談者の真剣度でこの人はどういう人かを申し訳ないが判断し答えをだす。

相談者にも当然最低限のモラルがなければならない、心霊サーフィンや宗教に入っている人、興味本位の人などはこのモラルが欠けている。

それを一々取り上げたら先生仕事などありませんよ と言われるがそうではない、何の為にこの仕事をさせていただいているかの私の信念に関わるのでこれは頑固に守る。

その点は申し訳ないが・・・

人間は誠意と謙虚さと謙る心がなくてはならない、不誠意と御都合主義、横着と短気は処し難く私は苦手であり 誠意と愛の御仕事ではあるが遠慮させていただいている。

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人生はそれぞれの進化の過程で学んでいる。

宗教の教えや個々の理解や信じている教えと自分が正しいと思っている事と誰かが違う話をしていれば黙ってはいられないのが人間の性である。

それが議論から繰り返し繰り返しの言い合いとなり後には引けなくなり争いに発展し宗教戦争へと繋がるのである。

大げさではなくそれは歴史が証明している、同じ宗派でどうして意見が分かれて分離していくのかを考えて見るとよい。

霊魂はそれぞれの現在の位置がある それは全ての霊魂が違う位置にいる。先に進んでいる霊魂がまだそこまで至っていない霊魂にそれは間違っている違うよ 

と指摘してもその段階の霊魂はそれが正しいと考えているのであるから無理に洗脳し押しつけては霊魂の為には絶対にならないし自由を失い進化を妨げているのである。

私はいい加減な人間であるので個々の考えや理解はそれはそれで尊重しその人自身が悟るまで時がくるのを待つのが良いと考えている。

小学生がいきなり大学の勉強をしろと言うのと同じである。それが事信じている宗教や考えに固執すると分からなくなる、

であるから私は一方通行にしている、さぞかしご不満の方や卑怯な人間やと蔑む人もおられようが一向に構わないのである。

何せその人自身の問題であり個々の心は尊重してしかるべきである。勉強は押しつけは身にはならない 

自覚と悟りがなくては成長はない それぞれの段階へ進むべきが現在の人生なのであるから

真理の議論や霊に関しての議論質問はお断り 悩める人だけが私の相手である。議論口論の悩みはお断り そんな暇は私にはない 現実の三苦のみが私の対象である。

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現在の主役は肉体だが本来は霊が主役である・・

肉体、精神、霊で人は形成されています。これを三位一体と言います。現在の私達は肉体が主役です。本体の霊は肉体に閉じこめられているようなもので肉体が活動していない時に活動します。

それが夢と瞑想時と言うような事です、但し瞑想で肉体を離れるような感覚を身につける事は難しいですから普通は寝ている時です。

睡眠中に霊は活動します。そこで見る夢が霊夢と言うことになります。肉体が死滅すれば霊は解放され自由を得ますし本来の世界に戻ります。

地上生活は霊にとり不自由極まりないもので早く出ようとしているのです。つまり三位一体とはいいながらそれぞれの意志は別々と言うことです。

霊がこうしろ!と言っても現在は肉体が主役ですから当然精神が肉体を指導していきます、しかし本来は霊が物事を把握していますからそのようにすれば間違いはないのですが

それが伝わりません、ですから人は間違いや因縁のままに生きているのです。肉体の欲求を離していくと当然霊の意志が理解出来るようになります。それが導きとなり正しい生き方が出来るようになります。

肉体の欲求を離してやるのは山に滝に打たれたり修行の類ではなく普段の正しい生活からそれは生まれます、宗教によらない信仰心のある生活です。たまには自分の霊が何を言いたいかを知る努力をされたらどうですか 結構意味と意義は有りますよ、

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普段の私の仕事は・・・

教室とは書いてあるが難しい話は避けてあくまで現実的な具体的な実践家としてのノウハウの一部を話している、

神霊と携わり又浄霊師として鑑定家として長年相談の渦中にはあるが因縁事は簡単には解決はしない

霊能者や宗教家、又占い師などの専門職でも根本から解決は現実的には難しい、何事も本人の気根次第であり相談を受ける立場から言えばどこまで誠意と情熱、能力を持ってしてもやはり本人次第と言うことは否めない、

どこまで本人が取り組むかにかかっている、大概の問題の本質は御先祖の御霊の霊格と本人の霊格の問題が絡む、それを改める努力なくしては解決はおぼつかない、

心の改善、性格、性質の改善がなくして幸せの道はない、それは宗教では?とおっしゃるかも知れないがそうではない

宗教は型に填めて教理で人格を縛る、つまり一種の洗脳ともいえるもので解決しているようで実は自己満足以外は実際はないというのが現実である、

フリーの大所高所から病気因果や様々な因果を精査しその人に合わせて処方箋を示すのが普段の私の御仕事である。

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何よりも必要かつ大事なのは信仰心である・・・

ネットの発達で心霊世界や精神世界のサイトの多さと多様さとビジネスとしての盛況は大したものと感心する。

お前もやないか と言われるが私は実に古くからネットには携わっている、一向にネットでの恩恵には浴した事はないが

当然能力的に引きつけるものが少ない為と取り付きにくい面がある為であろう

ビジネス?う-ん 違うな 所詮は奉仕である、私は信仰心を中心に相談者には話を説く、それが一番大切だからである。

安易な方法は自身を後々困らせるだけである、自らの心と性格を考えてみれば現在の悩みや苦しみの因縁は見えてくる。

私は大層な事は出来ないが小さな御役に立ちたいと願って人生を過ごしている、料金は本当は頂きたくない、が最低限の生活があるので仕方なく頂いている。

他の人は堂々とビジネスにして居られるのは実に立派で余程自信がおありなのであろう

私は出来ない、あらゆる事は知っているから余計に出来ない、常に神と向き合っているからかも知れぬが

あなた方に必要なのは心の整えと何よりも絶対的な神への信仰心である、宗教ではない信仰心である。46

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精神世界とりわけ霊に対しての無知は・・

テレビやマスコミで取り上げられている心霊写真や霊そのものの存在について貴方は信じますかと言う摩訶不思議な話が現代の日本では未だに横行している。

何と驚きの話ではあるが、では逆に貴方は霊ではないのかと問いたい、信じない人間の心底が理解出来ぬ、

目で見ていないし形もないから信じようがない、証拠を見せろ と言う議論自体ナンセンスであり現実と真実から目を背けた人間であるとしか言えぬ、

なれば死ねば分かるとしか言えないがそこまで言わねば死ななくては分からないでは何の為の人生かさっぱり分からぬ、

個々の考えや思いがあるので好きに考えて頂いて良いのだが、なれば当然、輪廻転生や因果律はその人間には存在しないことになる。

なら今現実の生活や様々起こっている事柄は偶然の産物であり何の根拠もないと言うことになる。

私はお陰で現実の証明を得ているので如何に怒られようが自信がある、それは神に対しても絶対的な信仰心があるのと同じである。

現代人は精神世界に今少し謙虚に学ぶ姿勢が必要であるとつくづく思う昨今でありこんな話をわざわざしなくてはならない事自体情けない話ではある。

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宗教に因らない信仰的生き方 Ver3

私は人の相談を受ける度にしつこく言います、宗教は必要ないが心の信仰心は養いなさいと

非常に大切な重要な人生の要素だからです。何の為の人生かを考える時に必ず心に神に対しての信じる絶対的な心がなくてはなりませんよと言います。

霊魂の進化の過程に私達の人生はあります。それぞれの進化の向上自己発見の航海に私達はあるのです。

それを悟る為に現在の生活はあります。自己中心的や利益追求姿勢の人生からは何も生まれません。

理屈やなく 貴方にも言います、

神を宗教上ではなく絶対として受け入れ信仰心を養いなさい 

御先祖を敬い宗教に因らない供養をしなさい 

親に対して孝行しなさい 

日々の生活態度が道理に叶い真理に叶うような生活を心掛けなさい

 又出来ないまでも常に努力をしなさいと 

細々とありますが信仰的生き方をすれば霊的に向上し意義ある現在になるのは間違いありません。別に難しい事ではないのです。当たり前の事を当たり前のようにすれば良いのです。その為には心を性格を改善し浄めなさいと言うことです。

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相談所の名称変更と削除について・・・

相談所の名称変更と削除について少し説明をしておきます。

相談者の方から非常に相談をしにくいのでは と指摘を受けてなるほどと納得しましたのでややこしい名称は破棄し自らの名前のみをブログやホームページに書き改めました。

別段中身は変わってはいません。長年親しんだ芸名(?)も改め、名称も改め 心機一転又残りの時間をお浄めと真理の話に邁進しますのでよろしくお願いします。

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霊魂の程度と位置・・・

人間にはどうにもならぬならない霊魂と言いますか人間的と言いますか個々の位置のようなものがあっていくら努力しても普通の勉強なら何とかなる事でも精神的な霊的な又は性質的な事は容易には個人は変える事は不可能であるとつくづく感じます。

それは相談をさせていただいている私には非常に残念な事であり無念の極みでもあります。たとえば相談者の問題の答えが10の範囲の8位の位置が答えとすると本人の理解度と言いますか分かる範囲が5くらいしかないと感じられた時には何ともやりきれない気持ちがします。

それを分かり易くかみ砕き喩えをまじえて説明しますがなかなか難しい事です。それは私の仕事だけの話では当然ありません。家族や仕事上でも相手や周りの人を理解し自分なりに解釈していても所詮は孫悟空のお釈迦様の手の内であるようなものなのです。

自分では良く分かっているつもりでもやはり心の程度霊的位置、人間的な人格というような核心部分の自分というものが理解出来ていない事がその人にとり問題を解決どころかなお複雑にしていきます。

人間には個々の価値観があり性格があります。それは自分の物差しと言うべきものですがそれを周りの人間に当てはめて考えてはならないと言うこと、人にはそれぞれ位置があり価値観があり程度というものがあるのです。

その位置や価値観や程度の向上こそが人間として生まれている根元なのです。私はこの御仕事を通じてそれは実感しています。ですので決して無理に押しつけたり分からぬ答えを無理やり分からせようとはしません。それを悟って頂くのがその人の人生なのですから、それは私も全く同じです。

人の評価ではなく過去からの輪廻転生の記録からくる霊格そのもので因果律により現在があり心や性質、又は位置を決定づけられているのです。それを手助けさせて頂くのが私の御仕事です。共に学び実践し位置を少しでも上げて神の御光の一部になれるようにしたいものです。

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無宗教供養について

御先祖のお祀りはいかに私達の生活上で大事かは申し上げるまでもありません。

御先祖のお祀りを欠かさず続けている家系で子孫断絶や離散家族の家は殆どありません。

もっともその追善供養のやり方にもよるのは言うまでもありませんが、とにかく御先祖のお祀りは子孫である私達の重大なる御先祖への宿題であると考えて心から誠意と熱意と真心を持って行って頂きたいと念願します。

各家にはそれぞれ宗派があり供養の方法も違いますが私は無宗教供養を実践しています。

御先祖のお祀りは宗教がすることでは本来ありません。子孫が行ってこその追善供養です。難しいお経や儀式形式お金は必要ありません。

宗旨や宗教に因らない御先祖のお祀りを一度考えて頂きたいと思います。具体的な方法はまた次回にでも説明します。

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名前を訳があって変えました・・

名前を訳があって変えましたので御案内申し上げます。別に取り立てて意味はないのですが長年親しんでいた和 護を帰るのはいささか抵抗がありましたが私も一つの契機としてこれからこの名前にて鑑定並びに浄霊と神霊相談を引き続きご奉仕申し上げます。まずは一言案内申し上げました。

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末期ガンなどの死に際して・・・

人間の死はいつ訪れるか分からぬ、私の母親は脳溢血で亡くなり父親は胃ガンにて私の若い時に相次いで亡くなっている。

脳梗塞にしても末期癌にしてもだが人間はいつ死ぬか分からないと言う覚悟が必要だ、

医者に家族が死を宣告されやがて本人も気が付き初めてもそれから私のような人間が死は存在しない、変化があるだけと話しても何の慰めにもならぬ。

逆に反発されるがオチである。引導を渡すとは覚悟をさせるのであるがこれは非常に難しい、

普段から死後世界を考え、何処に行くのかくらいは知識として知っておく必要は絶対にある。

それを理解していれば迷う事なく霊世界にすんなり入れる。再び再生はこれもすんなり運ぶのである。

元気な時こそいざという時に備えて自分の事であるので覚悟し霊となればどうなるかを知ってもらいたい。非常に肝心なことである。

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物言わない動物は大事にしましょう

私の家には猫ちやんが二匹居ます。動物は人間の友達でするものを言わぬ生き物は大事にしましょう、

森羅万象あらゆる生命は神が創造されし尊い存在です。ましてや人間の近くにいる犬や猫は人間の友達です。

又霊的にも気高く大した霊能力があるのです。その不思議は実体験としてあります。

動物さえ大切に優しく出来ない人間がどうして同じ人間に優しく出来るでしょうか、

昨今は動物虐待のニュ-スが多くあります。人の心の程度が荒んでいる証拠です。

動物霊は死んでも飼い主の側から離れません。実に忠実で誠意があります。人間も見習いたいものです。

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最後に決めるのは貴方です。

私たちの御仕事はあくまでもアドバイスですからああしなさいとかこうしなさいとは申しません。

最後に決めるのは貴方自身です。それを間違わないでください。

貴方の因縁ですし貴方の人生なのです。私はあくまで大所高所から貴方を暖かく見つめてこうすればああすれば道がありますよと申し上げます。

様々な精神世界のサイト並びに鑑定所がありますが占いにしても霊感にしても個人の人生の中に立ち入ってはなりません。

相談者にはそれは頼りなく物足りないとおっしゃるかも知れませんがそうではありません。指針をお教えするのが私達の仕事です。

相談者には他力本願にならずにご自分で切り抜けてください。又はっきりものを言うサイトや鑑定所は寧ろ避けられたがよいでしょう、

この仕事に従事する者はややともすると自己顕示欲が強く自信過剰になりがちです。それは余りに真理を道義を理解していない精神構造の浅い方ですから気をつけてください。

最後に決めるのは貴方です。

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人間の死について・・・

人間はいつ何処で亡くなるか分からない、縁起が悪い話ではなく事実その通りだから一言申し上げる。

私は家族や周りの死に対して免疫があるがそれは決して慣れるものではない、動物の死に対しても深い悲しみが襲う ましてや家族友人などの死に対してはいかばかりかと言うことである。

人間は常に臨終の際を思い生きなくてはならないと故事にもある。その通りである。若い年寄りは関係ない、道を歩いていても死が突然訪れる昨今は実に物騒な世の中である。

私は常に死を思い悔いなき人生をと考え後悔しないように今日一日で片づけれる事は片づけるようにしている。人間は明日があると思うから様々な計画を立てて設計をする。

しかしである、何もその場限りが良いと言うのではなく人間の命は限りがあり何事も明日が未来があると考えて日々過ごすのは少し考えなさいと言うことです。今日一日の延長が未来なのである。

未来を見ようとすれば今の現在を見れば分かる。過去の自分を見ようとすれば現在の自分を見れば分かる、その通り今の一日一時間一秒を大切に生きてこそ未来があり明日の幸せがあるのである。

命は儚く人間の肉体は脆く崩れやすい、しかし霊魂は永遠なる実体であり本体である。永遠なる霊魂の真実を知り今の自分は何をしに肉体を持って生きているのかをたまには考えたいものです。

それを考えるからこそ霊の進化はあるのです。死は存在しません。しかし明日があるさと気楽に考え、肉体死滅後の世界を認識していない人間には永遠はない、同じ繰り返しの魂である。それを六道輪廻と言うのである。

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日々想念

私は若い時から精神世界に縁があり賢くはありませんし学歴もありませんが何か話をされますとその人が分かります。

霊感と言うほどではありませんし別に過去未来現在が見える訳ではありませんが何かしらの作用でその人なりが分かります。

ですから性格が分かりますし性質が分かりますので当然これからされる事も予想はつきますし大体は外れません。

それを裏付ける為に鑑定を学んだり心霊にて霊と話したり宗教に入り勉強をしたりしてきましたが結局元の位置に逆戻りです。

やはり人の為と考えるような人間には多少の霊感でもあるのでしょうか 同じあるなら霊感師までとは過去に考えましたが、今になって考えると一つの世界に固執してしまいますと全体から観れなくなると言う大きなマイナスが生じますからこれで良かったといまでは思っています。

しかし仕事としては特徴がありませんので年中貧乏をしていますがそれは仕方ありません。病気も癒せますし悩みも困り事もあらゆるお役には立つことが出来ますがそれを売り物にする事は昨今非常に難しい世の中でありますので出来ません。

ですので精神世界のプロであり神霊研究家としています。長年おつき合いを頂いている方は多少は私の事はご理解頂いていますがこのようなネットでは難しいですね、

何とか忙しくさせて頂く時期が来ましたら躊躇なくこのような情報発信は閉鎖します。今は暇なものですから時間の余裕はありますが忙しくなればネットはしていられません。

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相談並びに質問をしてこられる方に一言・・

私のところへ相談なり質問をされて来られる方の中には私を値踏みし程度を計る為にわざと相談をしてこられる方がおられます。つまり私の程度を知る為です。

私は嘘隠しはありませんので正直に申し上げますが人相なりメールのやりとりをしますと誠意のある人間かそうでないかは一目瞭然に分かります。

来られる方は拒まずの姿勢ですが余りの常識を欠いた方は体よくお断りします。特に心霊や宗教をかじっておられる方にその傾向は強いようです。

前からそのような方はお断りしていましたが改めて現在宗教に入信しておられる方や心霊サーフィンをされて生かじりの知識がおありの方は以後お断りします。

それと分かった時点でお断りします。私は現実の困っておられる方が相手ですし議論や口論は極端に嫌う質ですので我が儘ですがはっきりさせていただきます。

又お金儲けでしている訳ではありませんが何度も何度も質問され又浄めをメールでお願いされる方もおられますがその場合は当然常識の範囲を超えていますので幾らかの料金を請求しますのでどうか御了承ください。

何事も常識であり誠意です。私は誠意ある方はすぐに分かります。そのような方は全身全霊をもってお浄めし手助けしたく日々研鑽しています。勝手ながら昨今常識がない方が多いもので一言申し上げました。

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私の相談法について分かり易く説明しておきます。

私の相談法について分かり易く説明しておきます。

私は占い師でも霊感師でも宗教家でもありません。貴方の困り事の深刻な事から縁談や異性、家族間の問題等々幅広くお話を伺いそれをこれはこれからこうなるでしょう、又何が原因ですからこうした方が改善され良くなりますよと申し上げるのです。

占いは当然貴方の人生や運勢などを言い当てるのが勤めです。霊感師は憑いている霊や自身の前世や霊に関しての具体的な事実を教えてくれます。宗教家は自らの宗旨に則った教えで善導します。

では私はと言いますと貴方の悩みや困り事を性格判断から因縁を改善しそれを解消し又先の不安ある方にはこうなりますと全体的見地から判断します。

そして因縁解消には宗教ではない日々の普通の暮らしの中で行う信仰的生き方から因縁を解消していきます。

人間は話しを伺い又所作を見、顔を拝見すれば大凡の性格は知れるのです。又その心までも知れます。先に申し上げました性格は幸不幸の分かれ道の選択権を持つ重要な鍵です、現在悩みの渦中にある方は一度お尋ねください。

人相からその方を観ればほぼ正確にこの人はこんな人であるとわかります。大体外れていません。それを裏付ける行為が後から確認出来ます。

人間は所詮は善ですから嘘は付けないようになっているのです。偏った性格は当然偏った人生になります。物事は偏ると偏る生き方になり好き嫌いがはっきりし物事も独断的になりやすく和を欠くようになりがちです。

性格は東西南北で見分けるは仏教的判断ですがそれに独自の判断基準が私にはあります。説明は難しいですが感覚です。いわゆる一種の霊感です。

私が推奨する信仰的生き方は主に物事の考え方や捉え方、心の在り方などを勉強します。さすれば人生で予定の行き先がずれて違う方に行くのです。信仰的生き方の具体的指針はここでは申し上げられませんが個々のレベル程度に合わせてご説明します。

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霊に対しての過信は禁物である・・

昨今相談に来られる方でも従来からの相談者にてもそうですが何でも霊とか霊障ではないですかと言われる傾向にあります。

非常に嘆かわしい事です。私は神霊研究家ですから大所高所から真実を求めるをモットーにしていますがはっきり申し上げて厄介なのは生きている人間です。これほど厄介な生き物は他に居ません。

何でもかんでも霊のせいにしてはいけません、霊に過信しては間違いです。あらゆる困り事にしても生きている人間の心一つで解決する事が大半です。霊が関わる困り事は私の経験からして僅かです。

興味ある事柄でもありますが霊にそれほどのパワーがある霊はごく一部です。非常な恨みや憎しみ怒りを持つ霊が人間に取り憑きますと現象は凄い事になります。それは経験から申し上げます。

寧ろ私達は御先祖や友人などの霊に護られている側なのです。感謝と喜びを持たなくてはなりません。

病気の原因が霊障である事は確かにあります。しかしそれはごく一部にすぎません。心を偏らず平らにしてお考え頂ければ幸いです。

私のお浄めは霊の取り除く事もありますが本来は身体の霊気の正しい波長を取り戻して頂く為の技術とお考えください。それが正しいお浄めです。霊を浄め並びに救う事はそうそうありません。

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心霊世界や宗教は特殊な世界か・・・

心霊世界や宗教について少し話します。

いろんな霊能者の方のサイトを見て勉強していますと何か異様と言えば大変に失礼ですし私が言うのもへんではありますがやはり特殊な世界と感じざるを得ません。

それは宗教にも同じ感覚を持っています。私もいろんな宗教を知っていますのでそれは感じます。

普段何気ない普通の生活をされている方からすれば別世界と感じられるのではないかと思います。

私は異様な特殊な世界と関わり因縁消滅と信仰的生き方の薦めや性格判断を通して悩みや痛み苦しみの解決に生涯を捧げていますがそれは解決の為に心霊も宗教も知らなくてはならない為に関わっているだけです。

物事は一つの世界からは簡単には解決は見いだせないものです。特殊な世界に興味を持たれて勉強されるは悪くはありませんがはまってしまってはなりません。あくまで平坦に考え真理を学ばれる事をお勧めします。

心霊世界や宗教は異様な世界ではありますが命と深く関わり人間としてはさけては通れない世界でもあります。が凝り固まってはなりません。さらっといきましょう

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霊障はすべての答えでは決してない・・

私は神霊研究家ですから当然霊には詳しいですし現実に見ているので更に詳しいとは思います。

しかし霊能者の方のように直接見たり聞いたり出来る訳ではありませんからやはり客観的になる部分は否めないと思いますし事、霊だけの話なれば霊能者の方に一歩譲ります。

霊の真実や霊世界の真実のみ詳しく知りたいとかおっしゃる方がおられるようでしたらその方は霊能者の方に行かれる事をお勧め申しあげます。

私は浄めは現実の解決にありますから当然施しますがそれは霊障を取り除き真因を知る為の一つの手だてであると考えていただければ正しいでしょう。

何が何でも霊の障りと考え解釈しているように昨今は見えますがそれはあくまで問題の一部に過ぎず本当は何故そのような事になっているのかを根本から考えなくては解決はしません。

霊障を取り除くは表面上の解決に過ぎません。因縁解消へ繋げて心の問題と訂正、日々の考えと行為の修正がなくては根本的解決にはなりません。ですから私の役目があるのです。

一つの狭い範囲で人間の複雑に入り組んだ因縁は解決出来得る事はありません。すべての問題の本質を捉える確かな目と心と幅広い経験がものを言うのです。

私はそれを目指しています。霊能力は浄めて差し上げる程度で良く、後は広く深く真理を理解し示せる事が何よりも重要と思っています。

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心霊巡りは霊に憑かれる?

先生、質問ですが心霊などに興味を持ち又宗教などを出たり入ったりする方をよく見ますし自身も興味ありますがこれって霊に憑かれると聞いたのですが本当はどうでしょうか・・・

はい 確かにその通りであると思います。私は人を観る時にはまず要らぬ霊気がないかどうかを精査します。反応があれば霊に憑かれていますがおっしゃるようにそういう方には霊は憑いています。

無論個々の霊格の状態にもよりますが底辺の霊に憑かれていますとこちらの負担は非常に大きいですので大変です。御本人は分からない場合が多いですがすっきりした状態でお帰りくださいます。

ではそのような事は止めるがいいのでしょうか・・・

それは個々の希望や目的もありますので止めなさいとは申せませんし又真実を求めて居られる場合もあります。現代は情報氾濫の時代ですからどれが真実かが却って分からないようになっていますのでそれも一つの勉強です。

では憑かれるは覚悟してやれ と言うことですか・・・

そうですね 霊にしても誰彼なしに憑く訳ではありませんから一言では判断は出来ませんが 気分が悪くなったり身体の痛みや凝りが激しくなったり夢見が悪くなったりしていますとそのような世界には簡単に深入りしてはいけませんね、 

私は完全フリーの人間ですから評論家みたいなものでどれがどのようであるかもある程度知っていますので一度お尋ねください。その場合は中傷になるといけませんので私のホームページからメールをしてください。

分かりました、しかし一旦憑かれますとなかなか浄霊は出来ないでしょう?他のサイトを見ると何か15000円は要るとありますし・・・

いいえ 私は遠隔で浄める場合はメールの写真又は写メールでも浄めています、その場合は当然無料です。それで浄められない場合は直接お会いしますが料金は時間給のようなものですから非常に安いですから大丈夫です。それも私のホームページをご覧ください。

分かりました、又お聞きします・・・

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お金は人の本音を正直に語る

人の本音やその人自身の考えや正味を知るに一つの方法が昔からあります。

それは簡単です、その人のお金の扱い方や使い方、切れ方を見れば分かります。

金離れが良いと昔から言いますね、金離れの綺麗な人はお金に執着が少ないですから性格もさっぱりとしていられますし何事も打算しませんので比較的信用が出来ます。

すべてにそうではありませんが例え貧しくともお金がなくてもお金に執着と吝嗇すなわちケチで打算的な考えをする人は信用できません。

人は身体も所詮は借り物です。ましてやこの世はすべて仮の宿です。自分の物などないのです。それを執着し打算するから問題が発生し余計な因縁を引き起こします。

大概の問題は個々の打算計算から起こっています。お金は命についで大事な物であると言います。

ですから余計にお金の扱い方の現実を見れば幾ら綺麗事を並べても信用信頼はできません。

それは私は経験上確かであると思っています。いろんなケースがありますので断言は出来ませんがお金の執着と吝嗇による打算的な生き方は慎むべきであると思います。

もっともそれが出来れば苦労はありませんが・・・それも家系の因果です。誰かがその犠牲になり改めないと解消しません。

お金で失敗経験のある家は当然幾ら商売をしても上手くはいきませんし家系に博打好きな方が過去におられれば子孫は勝負事は勝つ見込みはありません。

それらを解消するには己を捨てて奉仕に生きる事です。自身の幸せを考えず周りを幸せにする事を考えれば解消していきます。すくなくとも子孫には因縁が少なくなります。

お金は怖いです。殺人すら平気でしますし人生はお金で支配されていますので人間が作った中では最悪の道具です。が使い方では人を救い助けます。何事も個々の心が左右します。

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人間には本音と建て前がありますね

人間には本音と建て前がありますね

その本音と建て前が如実に出ているのが京都人と昔から言います、私は大阪人ですが京都に来る前にはそんな事はないやろ と考えていましたが実際は違いましたね 

確かに全部とは言いませんがその建て前と本音の使い分けが非常に発達しているのは確かな事です。 非常にやりにくく苦労しました、私は大阪で鑑定所をやっていましたが問題の本質といいますか本音を明るく話すのが大阪人ですのでその点は余り苦労はしませんでした。

が京都人は違いました。なかなか本音と実際の話をされません、それをしていただかないと対処が出来ません。霊能者なれば何も言わずとも分かりましょうが私はただの神霊研究家です。分かる訳がありません。

しかし人相や多少の霊感はありますので何を考え、問題の深刻度はある程度分かるのです。詳細についてお聞きするのですが言われません、難儀しました、今は地元の京都の方は避けています。申し訳ありませんが 私は見せかけや建前の綺麗事でしている訳ではありません。心底御為に考え精査しお浄めし道を因縁をお教えするのです。

そのような方はたいがい一度のみが多いです。非常に残念です。 私は誠意には誠意を持って対処しますが不誠意の方はお帰り願っています。当然料金は戴きません。物事には道理があるのです。本当に苦しんでいる方はそのような事はありません。最初から誠意にあふれています。しかしながらお帰り願う方でもお浄めだけは何も言いませんがして差し上げます。当たり前の事ですが・・・

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運気を良くするにはまずは明るく・・・

運気を良くするにはですね、まずは明るくなければいけません、幾ら運勢が良くても暗く物事を考える人は運気は良くなりません。それは確かな事です。明るくとは物事の解釈を良いように悟るように生きると言うことです。

嫌な困難な出来事でも大難が小難、小難が無難になったと感謝しこれで済ませて頂いたと寧ろ有り難いという心を持つことです。調子の良いときは誰でも明るく考えますが不調の時ほど明るく物事を考えてこそ運気は向上します。

これは宗教ではありません。信仰的人生の一つです。明るく物事を暗く考えないようにしていけば人相も変わり運気も自然と良くなります。暗く何を考えているか分からない人で運気の良い人は余り見かけた事はありません。

例え運気が良くても自分のものに出来ません。性格の改善ほど難しい事はありませんが人間は環境で変わる生き物ですので周りの環境を変えるのも一つの方法です。それと因縁で暗い性格の人はやはり御先祖の追善をしっかりとされる事です。非常に大切な事です。

堪忍は長久の基であると申します。怒りは百日の修行も一瞬の怒りでその徳を失うと言われるほどのものです。親先祖が気の短い普段から険のある性格の方が多い家庭は当然子孫はそのままとなり明るくなど出来る訳がありません。普段から穏和に穏やかに生きるように努力していけば子孫は明るく笑いの絶え間ない家庭になることは間違いありません。これが信仰的人生です。

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