心霊

神霊

霊能者の犯罪が又・・・

今日も嘆かわしい事件が発覚し逮捕劇がニュースで流れていた。霊能者の詐欺事件である。ましてや火付けとあるのでその犯罪は重大である。

そのような事件が後を絶たぬ、益々霊能者の信頼は失われていく 私が知る方も多くの霊能者にお願いし何れも効果もないのに料金だけは何十万何百万と取っていったそうであるから実に最低最悪の出来事である。

霊能者? 怪しいな と言われるのもその為である。私が霊能者にならなかったのはその為かと今は理解しているがそもそも天から与えられた能力をお金や名誉の自己欲に絶対に使ってはならない、

無償にて御奉仕してこその能力である。人より先を行く人生であるから先生なのである。人の弱みにつけ込むような悪魔の所業は許されない、

地上の霊は現実を的中させるがしかしその反面その身体を使い霊の欲を満たす事に使う、霊の能力を持つ者は余程の克己心と崇高な心を養わなくてはいけない、

同じ精神世界の人間として実に嘆かわしく哀れな者であると言わざるをえない

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霊と人間は一体であり別やない

神霊と言えば何か特殊な世界のように思っている人が多いな マスコミの影響が大きいし何か怖いとか不思議のように思われてるな

そうやない 神霊というものは心霊も含めて特殊でも何でもない、私達の普段の生活に密着しているもんや 

人間は身体がなくなると本体の霊だけになる、そのまま御先祖の元や霊世界の中に行けば何の問題もないがそうではない霊が非常に多い

それらの霊が私達と同じ世界で生活していると言うだけの話しやな 人間に憑き悪さをする訳ではない事の真相が理解出来ていないだけや

それを教えて差し上げれば良い と言うことになる、ただ一般人は霊と共に生活なんかしていないと思っているから難儀なだけや

昔に霊が非常に鮮明に見える人が言っていたが大阪の南の大手の百貨店では現世の客と霊の姿が交差していて混雑していると言う話や 戦時中のもんぺ姿の人や防空頭巾を被った人などが百貨店の中を屯ろしているそうや

ありそうな話で真実やろ 認識を新たにせんとあかんよ 霊は私達であり人間は霊そのものであると言うことをな

その霊の真実を伝えて過去からの偏見と間違いを正しているのが神霊家であるな いろんな様々な因縁などは霊の関わらぬ事は少ないと言っていいほどや

霊と人間は一体であり別やない

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精神世界随想Ver7

私は精神世界の専門家ではあるがビジネスにはしていない、第一これは仕事としては成り立たぬ、これを成り立つようにするとかなりの無理が生じる、それは各位の専門家がおわかりであろう、

昨日も裁判にて被告が被害者の占い師に向かい裁判中にも関わらず暴言を吐き罪を問われたという記事があった、又私のサイトに問い合わせた方は心霊師や霊能者の嘘を暴いてやる と

息巻いていた方もおられた、いずれも相当な被害観念を持たれていると推察されるが当然、観てさしあげる側にも言い分がありどちらが正しいかとかの問題ではなく

このような仕事はビジネスにしてはいけないし難しいと言うことの一つの警報である。料金そのものの意味は中身は何か 時間給的なものか はっきりとしないのが本当であろう、形のない仕事である。

特別な能力を持つ人はお金は頂いてはいけないとは言わぬが任意とすべきが一番正しいと私は信じている。第一この仕事はお金を頂いて有り難う で済む程簡単な仕事ではない、

合わないのである、使命感と自己犠牲の精神が絶対的になくてはしてはいけない、長生き出来る仕事ではない、と私は日頃から思っている。

徒に相手構わず観てはいけない、この人はどのような人間かを精査して位を確かめて観て差し上げなくては必ず後日に禍根を残す、問題を抱えている専門家も多い筈である。

がしかし誠意をもって頑張っておられる方も多く居るがこの世界の仕事は問題が発生しやすく難しい、よくよく注意をされたいということである、仕事の分類にもない無職の部類なのであるから

奉仕と愛と信仰心がなくてはならない仕事である。綺麗事の話ではなく本音である。

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霊との通信や交信は・・・

一昔前は電話と言えば貴重品で立派な動産やった、電話を架設するにも20万ほど債権を買って架設しなくてはならんかった。

ところが今や電話は携帯となり架設電話は衰退の一歩を辿っている。子供の頃の夢が現実となっている。

現代は通信と言えば携帯とパソコンであり昔の通信がいまではデジタル化している。時代というものは凄いなと感じる。

話は少し逸れるが私は霊との交信は数々体験し霊能者ではないので的確ではないがかなりの精度で昔は行った記憶がある。

しかしそれは所詮はこっくりさんの域を出ず、地上世界に屯ろする霊の悪戯に過ぎないということが理解出来たので今ではもっぱら瞑想で勉強をしている。

何世紀か先には死後世界と地上世界との境目がなくなり自由に交信出来るかもしれない、まだ3世紀も先ではあるがそうなれば人間の生き方も大きく変化し自殺などという悲劇はなくなるかも知れない、又戦争も絶えるかも知れない、

霊とか死後世界との通信もこれも立派な通信であり交信である。霊との通信は霊能者の専門ではない、ごく普通の一般人でも御先祖や友人、指導霊などからのメッセ-ジを受け取っていて知らずに心に反映して生かされているという事実もある。

何事も真実は容易には理解されないが個々の小さな枠では思いも因らないのかもしれんな、

通信の話が脱線したが私は幽体離脱を生で体験している経験が何度もあるので信じる信じないの域ではないが一般人も御先祖やその他の御霊の言葉や想いを素直に受け取って欲しいと念願している。

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霊の障害について

霊の障害について事例に基づき少し話そう

霊障と言ってもピンからキリまであって一概にこうなるというものではない、当然個々の霊体質により大きく変化する。又個々の霊格も大きな要素となる。

一般的には頭が痛く重くなる、肩が凝る、足腰が冷える、手が痛むなど肉体的障害、

イライラする、気分が悪い、寝付きが悪いし夢見がよくない、何か分からないが気持ちが滅入る、怒りやすくなる、など精神的な障害もある。

事故に遭う、病気になる、家中がもめて喧嘩が多くなる、何事も上手くいかないなど小さな事から大きな事まで直接霊が関わっている場合がある。

しかしそんな例は少なく余り神経質になる事はない、御先祖のお祀りをしっかりしていれば霊には憑かれる確率はかなり低い、

が例外的霊障もある。身体を乗っ取り支配する霊も居る、アメリカの有力な精神科医の調査で精神病の実に八割以上が霊障が関わっているという結果もある位である。

身体を支配するとは本人の意思とは別に勝手に身体が動き、ナイフや刃物で傷つけたりする例を私は浄めた経験がある。

それは霊媒体質の人で憑かれるだけではなく支配されるのである。自分の身体のオ-ラの背中部分に穴が空いていてそこから霊が自由に出入りするとの事であった。

そのような体質の方は本当に気を付けなければ身体事霊世界に持って行かれる、所謂自殺である。

幸いに私が関係した人は何回かに渡り浄めて解消はしたが本人の精神修養は不可欠な要素である。

個々の霊格の位置により憑かれる霊も変わっているのは当然である。如何に日々の心と行為そのものが大事かと言う事である。又おいおいと霊障については話そう

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龍神との縁ばなし

このような御仕事に縁のある人間は大なり小なりの不思議体験を持つ、私も例外ではない、それが真実か間違いかは別にして自分の記憶や心に大きく影響をしている。

龍神は水の神と言われている、随分と前になるが霊を観れる人から言われた事がある。貴方の頭の上に大きな龍が見えると 川があり三人の司祭のような偉い人が居ると

又貴方の側にはいつも仙人のような白髪の杖を持つ老人が笑って貴方を見つめていると そのような話はまだあるが私が特に最近強烈に印象深く記憶している事がある。

一昨年であったが頭にヘルペスを患いしかも五個も同時に出来たのでその痛みは尋常ではなく寝られぬ日が一週間も続いた(私は病院は余程でないといかぬ)幸いに大病の経験がない私もこれはあかんかなと覚悟をした。

そんな時京都の貴船神社の奥の宮に行く事になり挨拶がてらに行くことにした(定期的に挨拶と御礼には言っている、)この奥の宮は龍神を祀っていて縁があるのでいつものように出掛けた。

頭の痛みは想像を超える痛さでありじゅくじゅくしていて何とも不気味で思い出してもその辛さはぞっとする。

龍神に御挨拶を済ませて帰った翌日妙に頭が痛くなくて寝てしまっていたが気が付くと頭に出来ていたヘルペスがすっかり乾いていて痛みが殆ど消えていた。

私は地上の聖なる霊には当然敬い参拝はするが頼んだりする事はない、がその時には流石に龍神におかれても哀れに思われたのか不思議をお示しになられたようである。

私が出来が悪いので悟りが出来ず苦しんでいたのを霊験にて癒されたのであると私は思っている。

それから最近に近い話でそれは水に浮かぶ厳島神社によく似た神社の祭壇の中央に曼陀羅が置かれてある位置に生きた動かれている龍神を拝した事がある。未だに鮮明に覚えている。何とも説明はしにくいがそれは瞑想中の出来事であった。

かといって神にはお願いはしないし頼りもしない 生きているのは私なのであるから 但し相談者各位の為になれれば有り難いとは思っている。霊能者でないのが不思議な自分でもあるが狭い世界に閉じこめない為かなと明るく解釈はしている。

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日々想念Ver27

私は以前のブログで体験談をありのまま書いた所 専門家と言われるような人間から勉強してくださいね と言う皮肉とも未熟ともとられるコメントを頂きカチン!と来た経験がある。

この世界の人間は高慢で自惚れが強く自分の説や経験、知っていることが一番であると思っている人間が平均して多い、

了見の狭い世界なのである。そんなことはどうでも良いことで相談者各位が少しでも良くなり真理に目覚めて頂ければそれでいいのである。

だいたい金儲け主義が氾濫していてビジネス化しているので産業でもないのに偉そうに上から目線でものを言う立場に居る、その事自体に問題がある。

霊世界は限りなく広く想像を超えた世界である。誰もこれが真実だと答えれる人間はいないのである。それを踏まえて相談して来られる方には愛情深く誠意と謙虚さをもって奉仕しなくてはならぬ、

因縁が深い者がする仕事なのである。罪障消滅の為に霊の成長の為にさせて頂いているという素直な心がなくては絶対にしてはいけない仕事である。

私の話が正しいとか言うことを利かないと駄目ですよ とか何を根拠にそういうのか 己の立場が分かっていない。霊能力があるからとて気安くしてはならぬ仕事である。

ましてやお金を取るということはその相談に責任を取ると言うことになるのである、その覚悟がなくてはしてはいけない、

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私の霊との対話Ver 2

霊は言われる、私は貴方を守護し導く霊で何万と居る霊の長です。これからも霊を救う手助けをし強い力を授けます。

霊の交信記録の一つである。このような記録は残してはいない、自身が拘っていない為であるし霊そのものに対しての信頼度が当時は薄かったせいでもある。

しかしその後多くの霊と関わり導く手助けを行う内に信頼関係が構築されたと感じている。私が霊能者ではないので霊媒の方(現在は縁はない)を通じてのみの話になるが現実の証明は確かなものであった。

多くの霊を導く手助けを施したが比叡山の何百年前の霊とかが出てきて当時の言葉付きで話したのにはなるほどな と感じ入ったし時間と言うものは霊世界では無いとも正直感じた。

過去は現在であり未来は現在でもある と言うことかな 救われる霊の状態と言うか状況は霊により全部違うので一概にこれが救われる形というものは存在しない、

ケースバイケースというところか トンネルが見えたり、橋があったり 光があったりで様々な様相であった。

私の亡き母親も出てきてくれて私に対して話をしてくれた、確かに母親と感じたので間違いはない、

人間は霊であるという証明である。が決して人にそれを押しつけるつもりは毛頭ない、一つの話として捉えて頂ければ幸いである。

霊媒の方を通じての霊文とも言える礼拝文が私の手元にはいつもある。霊を浄めて救う度合いが多すぎると自身が身体に非常な負担を負うのでそういう時にはその礼拝文を読み浄める事にしている。

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私の霊との対話

私の霊との対話の体験を少し話そう・・・

霊媒との身体を通して生の霊の話を私は長年聞いている、それは地上世界に居る霊から私を指導していただいている霊まで幅広い、

動物霊も数多くあった、いろんな話があるが地上の霊は自らが死んでいるという自覚がない霊が非常に多いと言うことである。

霊媒に憑く事で霊世界に帰る作業を多くしていた、それこそ整理券を出さないといけない程の数であった。

突然死は間違いなく死の自覚はない、それは非常に難儀な事で容易には導けない、あるいは偉そうに言ってくる霊などいろんな霊と対話をした、

その体験から霊を救う手だてを学び多くの霊を地上世界から霊世界へ導いた。それが今日の霊を救い導く大きなパワ-となり比較的容易に救える元になっている。

霊の話を書けばそれこそ枚挙のいとまがないほどであるが又おいおいと紹介しよう

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心霊はビジネスか

心霊はビジネスか 他のサイトを見ると見事なサイトで新規の相談者は問い合わせをしたくなるなと感じる。

たいしたもんやと皮肉ではなくな、能力と誠意は知らぬのでいい加減な事は言えないが私の過去の相談者も霊能者に走って去った人も居る、

それはそれで別に良いのだが個人が納得すれば良い問題や 私は幅広く深いと自認しているが何せ商売とは思ってないし自分の努めやと自覚しているだけなのでからっきしお金は入らない、

が好きな仕事なので頑固に迷惑をかけながらも続けているという状態や この業界は中傷や邪魔が多く入るので人気サイトはさぞかし大変であろうと推察する。

だいたいが料金を頂く基準がはっきりせん 形がないし心の問題が多いのでそうなる、占いは一件幾らと決めているのでまだ分かり易いが心霊や新興宗教はどのようにお金を集めているかまるで霧の中や

せやから心霊詐欺が横行する。所謂霊感商法やな そんなボロい話は世の中には何処にもない、

安易に答えを他に求めてはいかんよ 自分の決断で何事もせんとな それが人生や 又説教口調になりつつあるのでここらでやめとく。

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